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help RSS “ロック”という自己矛盾の果てに… 『ラストデイズ』

<<   作成日時 : 2006/03/28 08:15   >>

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オールディーズを聴くぐらいで、そもそも洋楽には疎く、
だからストーンズの東京ドームにも行くわけじゃないし、
(舞台演出上の小道具という名目で、
今回、全面禁煙の東京ドームに“タバコ”の許可申請を出したらしいけど、
かつて、ドームで堂々タバコをふかした男がもうひとりいる。大仁田厚だ)
「ニルヴァーナ」と言われても、
かつて友人が「そのままじゃん!」というバンドを組んでいたぐらいで、
ボク自身はまともにアルバムを聴いたこともなければ、
カート・コバーンと言われてもコートニー・ラヴというキーワードぐらいしか出てこないんだけど、
『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』 や 『エレファント』 のガス・ヴァン・サント監督が、
1994年4月5日に人気絶頂のなか自らの命を絶った、
「ニルヴァーナ」のカート・コバーンの死にインスパイアされて撮ったというこの 『ラストデイズ』
ボクには、ニルヴァーナについてもカート・コバーンについても語る言葉が皆無とは言え、
この映画の全篇に漂う拭い切れない底ナシの空虚感と倦怠感は、
ある意味“ロック”というものの隠し切れない本質を突いているように思えてその印象は深い。

“ロック”の概念を今どき“反体制”とは恥ずかしくて言いにくい気もするんだけれど、
(ましてや木村カ○ラを“ロックシンガー”と呼ぶこの国においては)
あえてそう定義するとして、ならばロックの終焉はどこかと言えばそれは“売れて”しまうこと。
いくら何かに向かって熱くアジテートしようとも、アジテートし続けた挙句に聴衆の支持を得て、
さらに“得るもの”を得てしまえばそこでもう反体制は終わりを告げる。
聴衆そして業界の求めに応じて、反体制は体制の象徴である商業主義に組み込まれてゆく。
ロックだろうがカリスマだろうが一度売れてしまったら、
商業主義のサイクルから外れて音楽活動を継続させてゆくことなどできなくなってしまうのだ。
その失望からくるわかる者にしかわからない深い苦悩と孤独感、
ステージ上の虚像(カリスマ)としての自分と現実の自分との激しいギャップ。
ヴァン・サントも、今作のなかでマイケル・ピットが演じている、
若きカリスマ・ミュージシャン、ブレイクの苦悩と孤独の根幹をそう解釈して描いている。

かつて大槻ケンヂは、筋肉少女帯というバンドで活動していたときに、

 狂えばカリスマか!? 吠えれば天才か!?
 死んだら神様か!? 何もしなけりゃ生き仏か!?
 そんなロックで 子供が踊るよ モーレツ ア太郎 ひとつものを教えてあげて下さい


と歌い、それまで少なからずロックというものに対して世間一般が抱いていた、
「カッコいい」だとか、「不良」「カリスマ」といったイメージが、
いかにデタラメで曖昧なものであるかということを茶化しそれを自らのロックと解釈していたが、
それから数年後、空前の“80年代バンド・ブーム”の渦中を経験して彼は、
商業主義の枠のなかではロックとて谷町(スポンサー)なしでは生き残れないという現実を、
よりにもよって「タイアップ」という実もフタもない曲に託し「ロックなんか犬が喰え!」と歌って、
バンド・ブームがロックが“商売である”ことを露呈させてしまった功罪を嘆いた。

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カンヌでパルムドールを獲得した前々作 『エレファント』、そして前作 『ジェリー』 ときて、
( 『エレファント』 は嫌いだけど、まさに“剥き出し”の映画である 『ジェリー』 は傑作だと思う)
今作 『ラストデイズ』 がどんなテイストの映画になるかは観る前から検討がついていたので、
『ジェリー』 に較べると……とは思いながらもボク自身は特別気にはならなかったんだけど、
(だけど、『エレファント』 からの3部作に影響を与えたのが、
タル・ベーラの 『サタンタンゴ』 って……。わかりやすすぎ)
そのあまりに淡々とした(カリスマの生き様もロックのカタルシスも微塵もない)静謐な映像に、
おそらくニルヴァーナのファンかロックが好きかで劇場へ詰め掛けていた多くの観客は、
途中で飽きてソワソワするなど期待してきたものとの大きな違いに失望を隠せないようだった。
だけど、カリスマ・ミュージシャンの内面を深く彫り下げることなく、
成功することで現実を失くしたひとりの若者の精神の彷徨の果てに見える、
消しゴムで薄れさせたような生と死の境い目を“ため”の姿勢で捉えるという今作の作風は、
ヴァン・サントが目指したテーマに限り、有効であるとボクは思う。


ガキみたいな幼稚な言い方をすれば、
“音楽の一形態として”だけ考えればロックは明るく前向きなもので今の時代はいいと思う。
だけど、けっきょくは映画といっしょで、ボクにとって“ロック”とは、
“拭い切れない内面の葛藤”と“埋まらない孤独”のマイナス的発散とネガティヴな昇華だ。
かつて真島昌利は、「表現方法が違うだけで“文学”はロックだと思う」と語ったことがあるが、
ボクにとって“ロック”とはまさにそれ。
古今東西、文学の底辺に澱のように漂う人間のドロドロとした感情……。
それを言葉にあるいは音に託して得られるカタルシスこそ商業主義に負けないロックだ(強引)。
そして、そんな文学とロックの真髄に共通項を見出し、
文学的歌詞世界とハードロックという両極の融合を現出させているバンドがいる。
大槻ケンヂの「筋肉少女帯」と同様、“80年代バンド・ブーム”後期にて頭角を現し、
ライヴハウスを中心に、今なおコアな活動をつづけている「人間椅子」というバンドだ。

先日も、渋谷の円山町で行われたライヴに参じたばかり。
一般ウケしないビジュアルと超個性的な歌唱法から、
ともすればキワモノ的に見られがちな彼らだけど、
その深い言葉廻しと超絶レベルによる音楽との融合が生み出す圧倒的なライヴ演出は、
必ず観る者を唸らせ、後進に与えた計り知れないその影響は実は知る人ぞ知るほどだ。
ここでは言葉でしか伝えることができないのが残念だが、
たとえば、谷崎潤一郎にインスパイアされた「痴人の愛」。

 夜の帷が胡乱に垂れる頃 笑止道化は仮面を脱ぎ捨てる
 背徳の時 隠匿の罪 橋桁の下 刹那の夢を見る
 街の焔に彷徨う人の群れ 我身孤独の愉悦に震わせる
 喧騒の奥 頽廃の隅 遂道の中 秘密の部屋が待つ

 あなたの前を私が吹き抜ける 私の指をあなたが擦り抜ける
 一陣の風 一握の砂 混じることなく虚空へ消えて行く

 絹の褥も痴かに 果てぬ愛撫が始まる 悪の薫りも仄かに 果ても終わらぬ 痴人の愛

 愛しても愛しても 足りない 求めても求めても 虚しい
 触れるほど触れるほど 冷たい 抱くほど抱くほど 哀しい


孤独を埋めるために夜ごと不夜街へと繰り出す男の充たされない日常を綴った曲だ。
「黒い太陽」も、大正・昭和初期文学にはよく謳われた行き場のない魂の彷徨を歌う。

 咥え煙草で 海を見ていたら 胸の底が抜けて 砂に帰ってった
 人でも掠ってみようか 白けた街の果てに
 虹の葬列の 後を追ってたら 割れた遺影の中 俺が笑ってた
 誰かを呪ってみようか 道化た唄を歌い
 汗を拭いながら 家路辿ってたら 死んだ妹が 石を積んでいた
 子供を騙してみようか 馬鹿げた恋のように

 そして浮かぶ 心の空に 真っ黒の太陽 やがて沈む 無常の空に 真っ黒の太陽


ずいぶん長くなってきたが(いつものこと)、興が乗ってきたのでもう一曲。
「相克の家」という6分弱にも及ぶ曲こそ、映画や音楽という枠を超えて、
今現在、30代を当てもなく生きるボクの心情を最も言い表してくれる曲だ。

 慙愧の数だけ涙を零せば 呵責の鎖が切れるというのか
 刹那の庵を股旅歩けば 菩提の地平が見えるというのか

 あぁ 淡い光 茜のさす森の中 あぁ あなたの声 我が懐かしの埴生の宿
 あぁ 甘い記憶 寄せては返す夢の中 あぁ 数多の恋 我忘れじの慟哭の歌 相克の家

 帰りたい帰りたくない 帰ろかな帰るのよそうかな お前は逃げてるお前は逃げてる
 生きている生きてはいない 生きよかな生きるのよそうかな お前は恐れるお前は恐れる

 人生とは長襦袢の契り 絶望とは団地妻の午睡 赤い石榴割れたよ
 勘当の町 引導の河 恩讐の母 相克の家

 他人を羨み 自分を蔑み 未来を諦め 何処へ行こうか


ここに挙げた3曲はあくまでボクの好みの曲だし(映画も音楽も重いのが好き)、
アルバムも数10枚出しているバンドなのでほかにも様々な曲を提供してくれているんだけど、
重くビートを刻むロックの熱い衝動と文学独特の深い酩酊感との奇蹟的な融合は、
味わってみなければわからないし、わかるヤツにしかわからない。

『ラストデイズ』 という映画の紹介に併せて自分の音楽観について少し書いてみるついでに、
そしてニルヴァーナやカート・コバーンについて何も書くことがない代わりに、
自分の好きなバンドについて書いてみようというのが実は当初からの目的。
こんな拙文では映画はもとより音楽の魅力なんて伝えられないとはわかっているんだけれど、
もしも興味が湧いたなら、一度どこかで耳にしてみてほしい。
そこにはもしかしたら、アナタが今までに体験したことのないような、
「見知らぬ世界」が口を空けて待っているかもしれない……。

 私は立ち上がる ひび割れた荒野へ
 今は水もないが 雨の気配はする
 あなたも来たいなら ドアは開けておこう
 すべてがないゆえに すべてがあるところ

 ここは 眩い世界 そして 見果てぬ世界 ここは 静かな世界 そして 見知らぬ世界



[ 渋谷 シネマライズ にて公開中 ]

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「ラストデイズ」深い森を観客も一緒にさ迷い歩く
「ラストデイズ」★★★マイケル・ピット ルーカス・ハース 主演 ガス・ヴァン・サント 監督 ...続きを見る
soramove
2006/05/07 11:06
??????????3/18???
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2006/06/09 02:34
ラストデイズ (Last Days)
監督 ガス・ヴァン・サント 主演 マイケル・ピット 2005年 アメリカ映画 97分 ドラマ 採点★★ ことの始まりはマット・デイモンだったとか。『グッド・ウィル・ハンティング』だったか『ジェリー』だったか忘れてしまったが、ガス・ヴァン・サントがマット・デイモンとロケ.. ...続きを見る
Subterranean サブタレイニア...
2006/09/27 14:58
ラストデイズ
『ラストデイズ』 ...続きを見る
39☆SMASH
2006/12/27 22:22

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
お誘いいただいた『ラスト・デイズ』の人間椅子のくだり、微笑みながら読ませていただきましたよw
自分は実はカート・コバーンに関しては、信じられないほど長い記事を書く自信があるのですが、栗本東樹さまの、人間椅子のことを無理やり書く辺り、最高に素敵でもんどり打ちましたよww
是非とも仲良くさせていただきたいですね。という気持ちをドンドン強くする一方なのですがw

〜♪人の間が人間で〜
  愛だ恋だと嘘寒い
  ベキ算された負と負から〜
  さかしまの灯が見える
  
  人間椅子倶楽部!!
とらねこ
2006/11/14 09:57
そうでしたか、
とらねこさんはカート・コバーンも好きなんですね。
おそらく、ニルヴァーナのファンとそうじゃない人とでは、
評価が分かれそうな映画でしたがやはり傑作だったと思います。

ありがとうございます。
いえいえ、こちらこそ仲良くさせてください。
見るだに元バンギャルな「オーケン」仲間はいるんですが、
「人間椅子」をディープに語れる方は初めてですので・・・。

♪人の道などナンマイダ
 快楽三昧テンパイだ
 異端諮問のスペイン人
 今じゃ「ホステル」マニア

 人間椅子倶楽部!!
栗本 東樹
2006/11/15 01:56
“ロック”という自己矛盾の果てに… 『ラストデイズ』 瓶詰めの映画地獄 〜やがて愛の日が〜/BIGLOBEウェブリブログ
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