瓶詰めの映画地獄 2009

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help リーダーに追加 RSS “身代わりメリー”のブルース… 『ヨコハマメリー』

<<   作成日時 : 2006/04/21 00:15   >>

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男だったら誰しも“夜の女”という妖しい響きには惹かれるものだし、そこには、
淫猥なニュアンスと表裏一体にある種の“聖性”さえ嗅ぐことができて、だからボクも、
国の内外を問わず、今までどれだけ多くの“夜の女”たちの世話になってきたかわからない。
そして、そんな女たちに共通して言えるのが、
当たり前のことだけど、その“背景”が見えないということ―。
でも、背景が見えないからこそ、男はそんな女に惹かれてゆくし、
背景が見えないからこそ、その一夜限りの“刹那の恋”は成立する。
「なんでこんな商売してるの?」 言うまでもないが、このセリフだけは夜の街ではご法度だ。
だけどそれは、女の心情を慮ってというより、男側の勝手なロマンが壊れないための予防線。
昼間だろうが夜だろうが女の背中の後ろにあるのはけっきょく“現実”というデストピアなので、
それをなによりも嫌う男はあえてそんなことを知ろうとしないだけのこと。
だからボクたち健全な男子は、今日も今日とて現実を介さずに済む夜の街へと繰り出すんだ。

横浜は最寄り関内駅を出たところにある商店街、伊勢崎モール。
その1本向こうの誰が付けたか“親不孝通り”になら何度か行ったことがあるけれど、
“ハマのメリーさん”と仇名されるひとりのばあさんのことは、もちろん聞いたことなどなかった。
そして、歌舞伎役者というより暗黒舞踏のように顔を真っ白く塗りたくり、
貴族というよりロリータの成れの果てのような真っ白いドレスに身を包んで、
本名も年齢も明かさず戦後50年間、娼婦として生きてきたというその老婆の素性については、
けっきょくのところこの1本のドキュメンタリー映画を観ても何ひとつわからない。
しかし、それは今作の狙いだし、
なにより彼女が“夜の女”だったという以上、それは正しいアプローチの方法だと思う。

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映画は、1995年の冬に忽然と姿を消した知る人ぞ知る横浜の有名人、
“メリーさん”のことを、彼女を知る人たちの証言を集めることでその存在を浮き彫りにしてゆく。
そして、今作でもう1本の軸となってゆくのが、
ガンに侵され、余命いくばくもなく、シャンソン歌手として陽の目を見ることがなかった、
永登元次郎(ながと げんじろう)という人の“メリーさん”への自己投影と亡き母への悔恨の情。
自らもゲイであり、かつては男娼をしていたこともあったと語る永登氏。
おそらくはなんらかの差別を受けて、砂を噛むような思いもしたことがあるだろう彼が、
同様に街の人々から奇異なものを見る目で見られ、
少なからず謂れのない差別を受けていた彼女に対して、
自分の人生を重ね合わせて他人事には思えなかったというその気持ちは至極当然。
この永登という人のやさしさがあってはじめて今作は成立する。そして、
そこから浮かび上がるのは、敗戦の混乱期に身を売ることでしか生きてくことのできなかった、
“メリーさん”をはじめとするかつての夜の女たちの切なさと、
それを大らかに肯定する港町・横浜のタフな街のしなやかさだ。

ただ、人間ドキュメントとしては、こちらの勝手な思い入れというのもあるが力不足に感じられ、
それはこれを撮った中村高寛という監督の若さゆえということなのかもしれないけど、
もっと彼女のことを知る往年の夜の女たち男たちの言葉を集め、
今にはない荒々しい昭和の夜を彩った女たちのカッコよさを前面に出してほしかったと思うし、
かつて、東京よりも断トツで日本のカッコいいの中核だった横浜の夜を感じさせてほしかった。
それに、“メリーさん”がエイズにまつわる噂の煽りを受けて差別されていたという事実などを、
この程度ではなしにもっと呵責なく描き出すべきだったと思うし、
なにより彼女を“街の人気者”として映すことには若干の違和感を感じないでもなかった。
映画で、“メリーさん”を題材に芝居を打った女優や映画を撮ろうとした女性が出てくるが、
彼女たちの“メリーさん”に対する解釈は自分の表現ツール(芝居、映画)に沿ったものであり、
それを建前に彼女の存在を過剰に神聖化するのはボクには“偽善”と思えてならないからだ。

確かに、今作においてもそのラストの展開には胸が詰まったし、
どんなカタチであれ昭和を生き抜いたひとりの女の一代記として観れば、
その人生の深みや奥行きに涙を流すことだってできるのだろう。
しかしボクには、ラストで穏やかな笑みを浮かべる彼女の姿が、
時代の“身代わり”にされ孤独を押し付けられた、憐れな老女の哀しい姿としか映らなかった。
終映後、平日のモーニングショーにもかかわらず立ち見も出る盛況だった満席の場内からは、
自然発生的に拍手が起こって、それはわからないではなかったけれど、
ただ単に感動したで終わるには、“メリーさん”の人生はあまりにも苛酷すぎると思えるのだ。
そしてその苛酷さが、この先超高齢化社会が加速度的に進むこの国の拭えない問題として、
映画だけで終わらせるべきではないと思うのは果たしてボクの考えすぎなんだろうか……?

存在そのものが“都市伝説”だった女性を追いかけた魅力的なドキュメンタリー映画ではある。
しかし、その奥にまで踏み込んでこそ、はじめてドキュメンタリーと言えるのではないだろうか。

劇場を出た帰り道、新宿の雑踏のなか街角の宝クジ売り場で、
しゃがれ声のばあさんが、必死で「6千万円です! 1億円です!」と誰ともなしに叫んでいた。
“メリーさん”は、日本の至る場所に身代わりとして立っている。

テアトル新宿 にて
 4月28日(金)までモーニングショー公開、引き続き4月29日(土)よりレイトショー公開 ]

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タイトル (本文) ブログ名/日時
ヨコハマメリー
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
私の場合はヨコハマメリーを知らずに、永登元次郎さんの想い出を胸に見た人間なので、この映画を評する立場にはあまりないのですが、はなから人間ドキュメントというよりは、教科書に載らない戦後史のひとつとして見てました。冒頭の声を取り入れた点を見ても全然神聖化しているようには見えなかったのは、きっと私の読解力がないのでしょう。
サンタパパ
URL
2006/04/29 14:13