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名匠・神代(くましろ)辰巳監督(1927〜95年 佐賀県出身)の代名詞的傑作、 萩原健一主演の 『青春の蹉跌』(1974)を観たのは、確か大学3年の夏……。 劇場や家でというのじゃなく、学校の図書館の視聴覚コーナーでのことだった。 神代監督と言えば、 70年代に蔓延していた学生運動終焉後のシラけたムード漂う世相をベースに、 行く先の定まらない男や女の心の空洞をスクリーンに映し続けた人だけれど、 なかでもこの 『青春の蹉跌』 は(脚本は 『太陽を盗んだ男』 の長谷川和彦!)、 ショーケン演じる主人公の男が、金持ちの令嬢と結婚して生涯楽がしたいばかりに、 妊娠して邪魔になった恋人(桃井かおり)を殺して雪山に埋めに行くという救いようのない話で、 全篇に漂う気だるいムードがそのまま青春の“澱”と化す70年代を象徴する暗黒青春映画だ。 監督は画面の音をミュートし、声だけの歌を流して雰囲気を煽るという手法をよく用いたけど、 ロマン・ポルノの代表作、『一条さゆり 濡れた欲情』(’72)の「ナカナカづくし」と同じく、 『青春の蹉跌』 のなかでも、曲の名前は知らないけどショーケンが声を低めてボソボソと歌う、 「エンヤ〜トット、エンヤ〜トット、エンヤ〜トットット 松島ぁ〜の〜エンヤ〜トットット」 というなんとも言えず陰気な調子の歌が効果を上げていて、それが今でも忘れられずにいる。 当時のボクはと言えば、空前の受験戦争のなか大して勉強したわけでもなく入った大学で、 将来の展望を漠然と考えることさえなく狭い行動半径のなかでその日暮らしをつづけていた。 学校を卒業してからやりたい仕事なんて端から何もなく、 窮屈なクソ田舎から脱け出したその解放感にいつまでも甘えているだけで、 卒業したらマジメに就職する、という親との約束に緩く縛られているだけの毎日を送っていた。 自分の将来に夢なんか見てなかったし、一日一日がどうにか過ごせればそれでよく、 大学で知り合った彼女とどこへも行かず夏休みになっても毎日毎日部屋の中にいた。 バイトが嫌だったからデートする金なんてあるわきゃなく、 食事はほとんど彼女に家から持ってきてもらうか下宿が学校の近くだったので学食ですませ、 メシ食って、セックスして、寝て、起きたらまたセックスする、ほとんどがその繰り返しだった。 だけどその、一般には“モラトリアム”と呼ばれる毎日毎日の惰性のような繰り返しが、 当時のボクにはたまらなく心地好かったのだ。“終わらない退屈”の甘さに、酔っていたのだ。 世の中がバブルに浮き足立っている頃にワケもわからないまま受験戦争だと追い立てられ、 やっとで大学に入ったと思ったら途端にバブルが弾けて卒業する頃には今度は就職氷河期。 学内にはまだバブルの残像を追いかけて享楽的に生きている学生も多かったのは確かだが、 そういう“私大”気質にも馴染めなかったボクは世の中を恨まない代わりに、 世の中にアプローチすることもとりあえずいっさいやめた。 そんな“何者でもない”当時の自分の心情に、70年代と90年代と時代は大きく違えど、 『青春の蹉跌』、『サード』、『あふれる熱い涙』、『薄れゆく記憶の中で』、などの日本映画や、 『スケアクロウ』 や 『真夜中のカーボーイ』、『カッコーの巣の上で』、『明日に向って撃て!』、 そして、『俺たちに明日はない』 といったアメリカン・ニューシネマと呼ばれた青春映画たちが、 もうどうしようもないほどに心地好くマッチして心をメロメロにしてくれたのだ。 今や時代はさらに流れて、映画はCGとお涙頂戴に支配されなす術もない。 ただ鬱屈としているだけの暗い青春映画に酩酊感を覚えるような時代でもないのだろう……。 しかし、どんなに時代が変わったって、どんなに映像技術が進化をしたって、 男と女は所詮男と女だし、光があれば必ず青春には“影”がある。そこに時代差は多分ない。 だから神代辰巳の映画は、四畳半の襖裏から覗くように観る者の胸にスッと忍び込んでくる。 ヴァーチャルな時代に、男と女の褥の肌触りを、青春のリアルを、神代辰巳が約束してくれる。 「神代辰巳特集 第2弾 〜映画館は濡れた〜」 [ シネマアートン下北沢 にて6月9日(金)まで開催 ] |
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四畳半襖の裏張り@シネマアートン下北沢
女衒が暗躍して街が色。若い女郎は軍人とねんごろになり、夫婦の契りを交わした。年増の女郎は馴染みの客が来なくなった。新米の女郎は下働きをしながら芸を磨く。大正の米騒動の頃、彼女たちの日常を描きながら、中年の遊び人・信介と女郎・袖子の初夜がカットバックで入る。 ...続きを見る |
ソウウツおかげでFLASHBACK現象 2006/05/20 12:40 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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神代さんの作品を愛でる方はほとんどと言っていいほど男性で、学生時代から、肩身の狭い思いでした。暗がりからこちらを覗き見る好奇の視線に耐えながら劇場の隅でスクリーンを観ている自分をくっきり思い出しました。「下北沢へ行きたい〜!」です。(笑)最終の「赤い髪の女」再見したい!おととし頃DVD発売されたと最近聞いて「もしかしてまだあるかも」・・・満身創痍、ウチひしがれて帰ってきました。「噛む女」は持っています(ビデオ)・・・男と女、所詮、男と女・・・同感!はい、いたく・・・同感です。 |
viva jiji 2006/05/18 11:26 |
>viva jiji様 |
栗本 東樹 2006/05/18 19:36 |
アートン行ってきました。みんなお一人様観賞で「カップルでご観賞ください」なんて風潮どこ吹く風、中には若くてかわいいオネーチャンもいて素晴らしいこと! でも勇気はないんでそんなネーチャンを襖裏から覗くようにチラ見するだけでした。所詮は男と女なんですよね。もといフェミニストに媚を売って女と男。鬱屈しているからこそエロスがあると思います。お涙頂戴の映画なんてクソ食らえです。いやそれを見ては泣きますけども。 |
現象 2006/05/19 01:33 |
ラピュタやシネマヴェーラでもポルノ特集組んでますが、 |
栗本 東樹 2006/05/20 03:30 |
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