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予定通り(?)、 阿倍晋三新総裁の誕生で決着がついた、 先の自民党の総裁選。 別に国民投票で決めるワケでもないんだし、 来夏の参院選への目配せだとか諸々の政治的思惑で右に左に動く話で、 どーせ民意なんて反映されるワケじゃないんだから勝手に決めりゃいぃじゃん、 なんで街頭演説までしてガンバってるの?というのが、 政治の話は一向によくわからない、ボクのよぅなボンクラ国民をはじめ、 推定9割の日本人が総裁選に対して感じていた心境だったと思うんだけど、 しかし、“民意が反映されない”というのは間違いで、 阿倍総裁誕生の下地には阿倍さん本人のメディア・イメージが過分に影響したんだろうから、 そういう意味じゃ、“民意は反映された”と選挙の結果を捉えることもできるのかもしれない。 けっきょくは、総理にはなれなかったけれど阿倍さんのメディア・イメージの隙を突く感じで、 最終的に知名度と予想を上廻る好結果を得た麻生・谷垣両氏が得をしたっていう見方も、 一方じゃできるんだろうし、その辺の民意(というかなんというか)をうまく見越して、 自分たちの政治生命にどうつなげていくかを考えるのが、 多くの政治家さんたちの“本当の仕事”なのだろう(言うまでもないけど…)。 要は政治も企業と同じく、マーケティングがなにより大切ってこと! 一方、話変わってボクは岐阜県人。 言うのも口が苦くなるけど、今や“裏金作り”の岐阜県だ。 岐阜なんて、山に囲まれ地味でマイナーでこれといったアピール・ポイントもなく、 しかしその代わりとりたてて悪いイメージもなく、 またボクの育った飛騨地方は実はノーベル賞と縁が深かったりと、 地味でマイナーでこれといったアピール・ポイントはないけれど、 それでもそれなりに故郷を胸にこうして慣れない都会で生きてるってゆうのに梶原!テメェ! 恥ずかしぃマネしくさりやがって!腹切れ、腹! どうしてこんな事態に至ったのか詳しい経緯はわからないけど、 しかしそこにはきっと、“岐阜県”という一地方の言い方は悪いがマイナー性が、 なんらかのカタチで作用していたような気がボクはする。 まったく説明になってないけど、目立たない県だから、裏金作ってるようには見えない。 地味でマイナーな県だから、県政も地味で堅いだろうと思われている。 そんな岐阜県のイメージが組織的裏金作りの言わば“隠れ蓑”になっていたような、 そんな気がして仕方がない……。 総裁選と裏金作り。一見、なんの脈絡もない二つの政治的話題だけど、 しかしそこに無理ぐり共通項を見出すとすれば、 それは阿倍総裁に対するイメージと、岐阜県に対するイメージという、 政治に向けられる、あまり根拠の深くない大衆側の相対イメージ。 しかしその大衆が抱く相対的なイメージは、そのまま政治の要でもあるんだ。 そのイメージをうまく操れる者だけが、政治の世界では生き残ることができるのだろう……。 2005年3月22日、 近隣の阿仁町、森吉町、合川町と合併して北秋田市となった秋田県鷹巣町(たかのすまち)。 この町は、1991年に老人福祉の充実を掲げて当選した若い岩川町長が、 デンマークに学んだシステムを取り入れた“住民参加”の福祉政策を行ったことにより、 “日本一の福祉の町”として話題になった人口2万2千人ぐらいの小さな町。 前町長の流れを汲む保守派勢力の反対を受けながらも、 しかし岩川町長は3期12年の間に、社会福祉協議会による24時間の在宅ケア、 そして、福祉公社が運営する「ケアタウンたかのす」という、 すべて個室で80床の老人保護施設、30床のショートステイ、 デイセンターを持つ一大福祉施設を作り上げ、町民からの熱い支持を得る。 ところが、2003年の統一地方選挙で、 4期目を目指した岩川氏は、町村合併を掲げた対立候補に圧倒的な大差で敗れる。 新しい町長は、町の一般会計からの補助で支えられている高度な福祉を、 なんと「福祉のやりすぎ」と主張して岩川町政の12年を根底から覆し始める。 「いったい鷹巣町に何が起きたのか」 『住民が選択した町の福祉』 と 『問題はこれからです』 の2本の映画で、 鷹巣町の福祉政策を追い続けたドキュメンタリー作家、羽田澄子監督は、 この事態を伝えるため再び鷹巣町を舞台に1本のドキュメント映画を作る。 堅い話に多くの人はソッポを向いてしまったと思うけど、 しかしその映画、『あの鷹巣町のその後』 は、 いかに個人の理想で政治は動くワケではない、ということ、 ひいてはいかに政治という枠組みのなかで個人の理想は潰えるのかという事実と、 いかにして大衆の民意は政治的操作を受けているのかという、 言わばある地方行政の実態を多面的に捉えることで、 そこから“日本社会”というものの縮図を俯瞰しようと試みた、 前篇・後篇合わせて3時間にも及ぶ長篇ドキュメンタリーにして渾身の力作だ。 今、ポレポレ東中野では、「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2006」と題して、 世界中から集められたドキュメンタリー映画の一大博覧会が開催されているんだけれど、 その直前の1週間のみ以前から観たい観たいと思っていた本作が限定上映されたので、 この硬質な題材で3時間という長尺には正直、腰が引けたんだけど観に出かけたしだぃ。 でも、安心してほしい、腰が引けてる暇なんてマジでない。 まるで、“ドキュメンタリー映画の教科書”とでも呼びたくなるような観やすい構成と、 耳に心地好く、しかも懇切丁寧でわかりやすい羽田監督本人によるコメンタリーは、 政治というものがいかに“勝負事”であるのかという冷たい真実を感じさせてくれる。 そこには、喩えは大ゲサだがまるで上質なサスペンスを観ているかの如き緊張感さえ感じる。 岩川町政12年の間に反対勢力によって流布された、岩川氏本人に関する“よからぬ”噂。 決してウソは言わずしかし周到に町政の未来に対し住民に不安を抱かせる巧みな心理操作。 それらが思惑どおり町全体に蔓延した結果、岩川氏は4期目の選挙で大敗を喫する。 しかし、ここで注意しなければならないのは、 だからと言って、岩川町政に対する反対勢力が何も“悪”と定義できるワケじゃないということ。 映画は様々な町政関係者、町の人々の声も捉えて決して偏ることなく、 岩川町政が13年目にしてなぜ否定されたのかというその本質にもしっかりと肉薄してゆく。 けっきょくそれら一連の流れから察せられるのは、 なぜ、ここ数年、日本じゅうでこれほどの数の市町村合併が行われるのかという、 ひいては加速する高齢化&少子化社会に対し不安を募らせる地方行政の末端的現実であり、 そしてその地方的現実は、小泉政権5年間の最大のマイナス面と言われる、 “格差社会”という言葉と、現実的側面にもつながってゆく……。 自分とは関係ない、雪深い東北地方の小さな政治の話だと思ったら大間違い。 この映画に描かれているのは、ボクの、そしてアナタの町の問題でもあるのだ。 選挙なんて、政治なんてオイラには関係ないもんねぇーなどと悠長なことを言ってられない、 そんな一種の“凄み”をやさしさのなかにもヒタヒタと感じさせてくれる堂々の3時間に注目。 題材が題材なだけに(そして長尺なために)なかなか劇場でかかる機会の少なぃ映画だけど、 いずれはまたどこかで上映されると思うので、興味がある方はマメにチェックしてみてほしい。 阿倍政権や自分の住んでいる市町村の行政が、 観ればきっと人ごととは思えなくなるに違いなぃ。 |
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ブログ名のサブタイトルも著者近影(爆)も変えたとは |
body&soulIV 2006/09/25 08:23 |
おはよぅございます♪ |
栗本 東樹 2006/09/25 19:51 |
生き残るための収支決算で |
body&soulIV 2006/09/25 21:08 |
けっきょく、 |
栗本 東樹 2006/09/26 00:46 |
これは僕は後編しか見ていないんですが、本当にどきどきする作品でした。 |
kusukusu 2006/10/19 17:26 |
>政治ドキュメンタリーでありながら・・・ |
栗本 東樹 2006/10/21 19:27 |
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