瓶詰めの映画地獄 2009

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 戦争の“虚しさ”を体感する究極の反戦映画… 『父親たちの星条旗』

<<   作成日時 : 2006/11/04 02:30   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 8 / コメント 7

画像

“対テロ”をすべての大義名分に、
なんの罪もないイラクの人々の命まで奪い続けるばかりか、
イラクで命を落とすアメリカ兵の人数が、10月だけで100人を超え、
今年、最悪の水準になったと世界中に報じられているにもかかわらず、
今度の中間選挙に向けていまだに対テロ戦争はうまくいっていると、
平気でホザくブッシュの愚かさといったら本当にはなはだしいばかり。
民主党のケリー上院議員がどこぞの大学での講演で学生たちに対し、
「努力しなければキミたちもイラクで苦労するハメになる」と発言したのを拾って、
「イラクで戦っている兵士たちを侮辱している!」と、
ここぞとばかり上げ足を取りイメージアップ作戦を図っているけど、
いつまでそんな空々しいプロパガンダをつづけてゆく気なのかあの人は。

仮にブッシュがこの映画を観たとしても、
ヤツは平気で、「素晴らしい映画だ!」などと言うのだろう。そしてその後で、
「これ以上、犠牲者を出さないためにも、平和実現に向けて我々は戦い続ける!」と、
鼻の穴を膨らませ平気の平佐でそうのたまうに違いない。

ハリウッド随一の名優にして世界的な名監督でもあるクリント・イーストウッドが、
“敵”“味方”じゃなくひとつの戦争を戦い合った双方の視点から描くという、
当たり前のようでいて今まで誰もやらなかった目からウロコの方法で、
太平洋戦争における“硫黄島の戦い”を映画にしたとして話題の“硫黄島二部作”の第一弾、
『父親たちの星条旗』―。
もちろんこれは映画史に名を刻む新たな反戦映画の名作であることに違いはないけど、
しかし、『ミスティック・リバー』 で、
“運命の呪い”というテーマを至高の不条理ミステリーに昇華させ、
つづく 『ミリオンダラー・ベイビー』 で、
生きることの哀しみを呑み込む珠玉の人間ドラマを見せてくれたとは言え、本来は、
“娯楽映画の大巨匠”であるイーストウッドさえついに反戦映画を撮らなければならないほど、
世界はどんどん酷い状況になりつつあることを痛感させられるものとして、
本作鑑賞後の余韻は、深い感動とともに途轍もなくヘビーだ……。

画像

 第二次世界大戦の重大な転機となった“硫黄島の戦い”で、
 米軍兵士たちはその勝利のシンボルとして、摺鉢山に星条旗を掲げる。
 しかし、その光景を収めた写真は、
 長引く戦争に疲弊したアメリカ国民の士気を高めるためのプロパガンダに利用され、
 実際に旗を掲げた6人の兵士の内の生存者、ジョン・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)らは、
 たちまち英雄に祭り上げられ、戦争資金調達のために国中を廻らされる……。

見せるべきものを見せるべきところで虚飾なく見せ、
あとは役者たちの自然体の実力を引き出す懐の深い演出と、
それに応える演技陣のほかでは見られない本物の芝居に、
観客に伝えるためだけにドラマに抑揚を付ける映像と音楽と、
今回もイーストウッドは、至極シンプルな熟達された作劇術で、
ただひたすら“戦争”というものの本質である“虚しさ”だけをフィルムに焼き付けてゆく。

なんの感情もなく、いきなり飛んでくる弾丸や爆弾たった一発によって、
さっきまで意志により動いていた人間の肉体が血にまみれたただの肉の塊に化すという、
戦場の呵責なきリアルは、延々と醒めない悪夢のようにただただひたすら惨たらしく、
たまたま戦場でうまくカメラに収まったというだけの仲間との一葉の写真を、
自分だけは絶対に安全地帯から踏み出さない愚かな戦争指導者たちにまんまと利用され、
甘い汁でうまく騙され、そして使い捨てカイロのように棄てられる主人公3人の姿は、
人はなんのために生まれてきたのか?と思わずにはいられないほどただひたすらに哀しい。

そうした戦争の虚しさと戦争に翻弄される非力な人間の哀しさは、
世代から世代へと語り継いでいかなければならないという意味も込めて、
本作は戦争当事者ではなくその次の世代の視線、というカタチで終始語られてゆく。
本作を、いまだ対テロ戦争は成功していると国民にウソをついている、
現ブッシュ政権に対する痛烈な批判として観ることはもちろん可能だけれど、
しかしイーストウッドは、そういう政治的なアジテートを映画のなかで決して強めたりはしない。
彼が描くのはただひたすら巨大で愚かな意志に巻き込まれてゆく“個人”の哀しみ憎しみだ。
『ホテル・ルワンダ』 や 『ワールド・トレード・センター』 がそうであるように、
悲劇に巻き込まれた個人の感情に寄り添うことだけが、
部外者(つまり観客)が悲劇を体感できる唯一の方法だとイーストウッドは知っている。
映画が“戦争を描く”とはそういうことなのだ。

そしてもちろん、“戦争に英雄などいない”という本作の大きなテーマには、
自身、ハリウッドを代表する大スターと長年言われ続け、
しかしその名声に静かに抵抗し続けて、「自分はただの愚かな人間にすぎない―」と、
『許されざる者』 を撮り、『ミリオンダラー・ベイビー』 を撮り上げた、
イーストウッドというひとりの巨人の他者には決して理解できない哀しみも、
きっと反映されているに違いない……。

“硫黄島の戦い”を今度は日本側から描いた 『硫黄島からの手紙』―。
イーストウッドが日本を“どう”描いたのか、いよいよ期待は高まる一方だけど、
その前にとにかくイーストウッドらしい、静謐でしかし骨太な反戦映画、『父親たちの星条旗』。
大きな劇場も自然と静まり返る深い余韻に充ちたエンドロールも胸に沁み入る名作だ。

新宿ミラノ ほかにて公開中 ]

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(8件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
父親たちの星条旗:「写真の真相」だけがテーマではない
★監督:クリント・イーストウッド(2006年 アメリカ作品) MOVIX京都にて鑑賞。 ★あらすじ(... ...続きを見る
犬儒学派的牧歌
2006/11/04 09:46
父親たちの星条旗
クリント・イーストウッド監督が硫黄島をめぐる1944年の日米の攻防を米軍の側から描く。日本軍の側から描く「硫黄島からの手紙」とセットになっている。 ...続きを見る
kazhik.movie
2006/11/04 10:02
「父親たちの星条旗」Flags of our Fathers
圧倒されるような思いで観た。一片の救いもないような映画である。生還し英雄に仕立て ...続きを見る
la dolce vita
2006/11/04 12:17
父親たちの星条旗 壮絶な戦闘シーンは圧巻、でもどこか「プライベート・ライアン」に似ている
 クリント・イーストウッド監督の硫黄島の戦いを題材にした新作。 早くも「アカデミー最有力候補」とも言われており、日本でも前評判は高いようだ。 昨年の「ミリオンダラー・ベイビー」で、イーストウッドの監督としての力量にノックアウトされた私は、早速鑑賞... ...続きを見る
シカゴ発 映画の精神医学
2006/11/05 18:56
父親たちの星条旗@渋谷ピカデリー
ピューリッツァー賞を受賞した一枚の写真は太平洋戦争だけでなく、そこに切り取られた兵士たちの運命も変えた。硫黄島にて掲げられた星条旗にまつわる群像劇をクリント・イーストウッド the 重厚が綴る。6人の兵士がその写真に写ったが、紙面を飾りアメリカを賑わせた時には既に ...続きを見る
ソウウツおかげでFLASHBACK現象
2006/11/19 12:37
戦争が生んだ苦悩〜『父親たちの星条旗』
 太平洋戦争の激戦地だった「硫黄島」を、日米双方の視点から描いた2部作の第一作。 硫黄島、擂鉢山の山頂に兵士たちが星条旗を掲げる一枚の写真。長引く戦争に疲弊し ていたアメリカ国民の戦意を高揚したこの写真の裏側にある、英& ...続きを見る
真紅のthinkingdays
2006/12/13 13:11
父親たちの星条旗(10/28公開)
 12/1、渋谷ピカデリーにて鑑賞。6.5点。  イーストウッドによる硫黄島二部作の第一弾。硫黄島における戦争を日米双方の視点から描こうというこの試みは、どう作ったとしても右左いずれかから批判されがちな戦争という題材において、最大限の公正を期すものかもしれない。まずはアメリカ側だ。  戦時下のアメリカ国民の士気を多いに高揚させたという一葉の写真―――硫黄島に突き立った星条旗はしかし初めて旗が翻った歴史的瞬間を捉えたものではなく、取り替えた後の二枚目のものだったのだが、国民たちはそれをあたかも記念... ...続きを見る
第八芸術鑑賞日記
2006/12/19 05:41
「父親たちの星条旗」
今なおアメリカ人の愛国心を鼓舞してやまない1枚の戦争写真。その被写体である6人の兵士たちを待っていたのは…。(「MARC」データベースより) 「英雄」という名に翻弄され、苛まれた若者たちの姿を描いたこの映画、あなた ...続きを見る
共通テーマ
2006/12/19 20:19

コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは
私も本作には反戦のメッセージが込められていると思います。ただそのメッセージを声高に叫ぶのではなく、国家と兵士がそれぞれ抱く思惑の落差によって表現している点、それを観る者に静かに読み取らせようとする姿勢が素晴らしいです。そういった姿勢そのものに「反戦」あるいは「反体制」のメッセージが宿っているのだと思います。

本作上映前に石原慎太郎・総指揮の特攻映画が紹介されていました。端的な印象ですが、この映画では「国家のため」と「愛する人のため」を意図的に混同して描いているような気がして違和感を覚えました。
イーストウッド監督の次作は、決してそんなテイストではないと思いたいのですが・・・。
狗山椀太郎(旧・朱雀門)
2006/11/04 10:58
こんばんは。
コメント、ありがとうございます。

>国家と兵士がそれぞれ抱く思惑の落差によって表現している
確かにそうですね、そうすることによって、
プロパガンダに利用された3人の大きな哀しみが、
より鮮明なものとして浮かび上がっていたと思います。
イーストウッドの映画はとにかくいつもシンプルです。
そして観客を信頼しているのでクドクド説明もしません。
そういう姿勢が映画を骨太なものにしているんだと思います。

>石原慎太郎・総指揮の特攻映画が紹介されていました
よく知らないんですけどなんか作ってるんですよね?
特攻映画・・・やっぱり戦争映画なんですか。
俺はすっかり、「東京以外全部沈没」
という映画を作ってるんだと思ってました(笑)。
冗談になってなーい。
栗本 東樹
2006/11/06 01:29
>la dolce vita様
はじめまして。TBいただきました。
どうもありがとうございます。
リンクを貼っていただき、重ねて恐縮です。
そちらでコメントしようと思ったのですが、
できなかったためこちらにて失礼致します。ご了承ください。

戦争を俯瞰で描くというよりも、
戦争に翻弄された“個人”の悲劇を描いて、
それを観客に体感させる映画だったと思います。
確かにアダム・ビーチ演じるアイラは印象的でした。
高台に上れば「英雄」と扱われ、
しかし降りれば「インディアン」と差別を受けて、
どんなに苛酷な地獄でも、
出自に関係なく仲間と生死を共有できる戦場の方が、
彼にとっては自分の“居場所”だったのかもしれません。
それは途轍もなく怖ろしい悲劇だと思います・・・。
栗本 東樹
2006/11/06 20:34
名優名監督としてこれほど馳せた人も他にいないですねイーストウッド。その作品の重厚さたるや、紛うことなき名作だと思います。メディアや国家に踊らされないよう、まあマリオネットにすらなれないのですが、市民の非力さや戦争のむなしさを痛感してとりあえず「硫黄島〜」のほうも期待大です。
現象
2006/11/19 12:50
なにゆえ“硫黄島二部作”なんていう、
壮大なプロジェクトが成しえたのかと言えば、
製作費があるからとかイーストウッドの名前とかそれ以上に、
イーストウッドは“撮るのが早い”という理由があるワケで、
早いと言えばスピルバーグとて同じ。職人にして作家、
そんな両巨頭がタッグを組めば期待を裏切られるワケはなく、
これは 『ミュンヘン』 に並ぶ名作だと断言します。

♪あぁ マリオネット ひとりじゃ踊れないのよ
なんて歌がその昔ありました。
本当に国家の大儀に翻弄される一人間の悲しみは大きいです。
栗本 東樹
2006/11/20 20:56
栗本さま、こんにちは。
この作品、「戦争反対!」っていうメッセージを声高に訴えているわけじゃないのですが、ひたすら胸に沁みました。
「戦争には犠牲者しかいない、英雄は作られる」っていう真実を、静かに提示しているだけ。でもずっと心に残るメッセージです。
『ミュンヘン』もいい作品でしたよね。つい最近DVDで観ました。
『硫黄島』のレビューも楽しみにしておりますね。
真紅
2006/12/13 13:18
真紅さん、こんばんは。

メッセージを声高に叫ばないからこそ、
どこまでも胸に沁みるんだと思います。
戦争の経緯は入り組んでいるかもしれませんが、
戦争に巻き込まれる人間の悲しみはシンプルですよね。
それを静かに体感させてくれる映画だと思いました。
『ミュンヘン』 も本当に凄い映画ですよね。
栗本 東樹
2006/12/14 21:25