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help リーダーに追加 RSS 絶望を生き抜く、“強い親”の物語… 『めぐみ―引き裂かれた家族の30年』

<<   作成日時 : 2006/12/05 09:30   >>

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先日、新大久保で呑む約束があったので、
少し早めに出かけたボクは界隈をブラついた後、
駅近くのファーストフードで遅めの昼食を摂っていた。
タバコを吸わないので禁煙スペースでコーヒーをすすっていると、
6、7歳ぐらいの女のコが3人、階段を上がってきて、
親に頼まれたのか、席を確保しようとキョロキョロしている。
それに気づいた店員の女性が「何人ですか?」と訊くと「5人です」と応え、
しかし、休日の夕方とあって席はまんべんなく埋まっている感じで、
5人まとまって座れるようなスペースは空いていない。
でも、女のコたちが困っているとよくしたもので、
店員の女性が目ぼしい客に席を譲ってあげてほしいと頼んで廻り、
5人、座れるぐらいのスペースを確保してあげようとしていた。

その店員の女性の仕事ぶりにも感心したけど、しかしさらに感心したのはその後。
彼女に礼を述べた女のコたちが小さな声で、
「譲ってもらう時に、“ありがとうございました”って言おうね」と囁き合っている・・・。
感動した! オジサン、お嬢チャンたちにお小遣いあげる!と思ってしまうほどに、
まだ手をつけてないこの照り焼きバーガー(好物)もあげちゃう!と思うほどに!
席を譲ってくれた2人組の客に対し、そのコらは「ありがとうございました」としっかり礼を述べ、
しかし話に夢中になっている2人組は、その言葉にまったく気づかなかったんだけれど、
そうして自分の言葉がどこか宙に浮いてしまったことを照れ臭そうにしている、
彼女たちの表情がまたなんともいじらしくてオジサンは本当に目頭が熱くなってしまった……。

そのやりとりを耳をそばだてじっくり観察しているボクの気色悪さや枯れ具合はともかくとして、
とにかく、久々に私生活で感動したボクは最近、人に会うごとにこの話をしている……。

そのコたちは親御さんにしてもきっと自慢の娘さんに違いないだろうし、
どんな風に成長してくれるだろうかと、それを日々の糧にきっと過ごされているに違いない。
キッチンで家事を手伝ってくれる娘を見ながら、
いつかどこかの幸せな家庭で同じように家事をしているその成長した姿を想像し、
今日、学校であったことを面白おかしく楽しげに話す娘を見ては、
自分と会っていない間の娘を想像してそれを一日を締め括る癒しにしているに違いない……。

しかし、残酷にも、この世には、この世界には、
そんなささやかだけど遥かな幸せを無下に奪う邪悪がどこかに確実に潜んでいて、
それは、ある日突然誰かの幸せを踏み躙り、それが元のカタチに戻ることはない。
だけど、人間は生きてゆく限り、踏み躙られても踏み躙られても、
再び幸せを手に入れるために戦っていかなければならず、
その戦いを放棄する時、人間は人間であることを諦めるほかない……。
そしてこの方たちもまた、かつて奪われた幸せを再び取り戻すその日だけを夢見て、
今、この時間にも身を粉にして戦っている―。



1975年11月15日、ごくごくありふれた幸せな家庭に育ったひとりの少女が突然姿を消し、
その日、ごくごくありふれたある家族の幸せが、見るも無残に踏み躙られた。
姿を消したその少女の名前は、横田めぐみさん―。当時、13歳。

『めぐみ―引き裂かれた家族の30年』 は、
もう、言わずと知れた隣の“ならず者”国家、北朝鮮の悪辣な拉致工作によって、
ある日突然、最愛の娘を奪われ絶望の淵に立たされながらも、
娘の生存を信じて我が胸に取り戻すため、
そして再び幸せを取り戻すために30年もの長きに亘って戦い続け、
今も戦い続けている横田滋さん・早紀江さん夫妻の軌跡をまとめた話題のドキュメンタリー。

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ディテールはともかく、日本人は誰もが知っている身近な題材であり、
今、あらためて問題の深刻さを知るためにも襟を正して観るべき、
いや、できれば観た方がいい映画だと言えるかもしれない。
だけど、外国人ジャーナリストの客観的な視点で扱われた題材は逆にあまりにも身近すぎ、
その客観性によるある意味大胆なアプローチはあまりにストレートに横田夫妻の、
というより、子を探し求める親の愛と悲しみをスクリーンいっぱいに充満させているため、
正視に堪えない内容はボクたち日本人にはなかなか客観的に捉えることはできずに、
とくに子を持つ方に本作の鑑賞をススメることはとてもじゃないがボクにはできない。

映画は、拉致問題に対する政治的視点はいっさい持たず、
それは横田夫妻を主軸にした家族ドラマ的側面を強調するために採った、
製作者の“手段”だとボクは最初考えていた。
しかし映画を観るに、製作者である作家夫婦が政治的視点を持たなかったのは、
彼ら自身が拉致問題を知ったのが2002年9月の小泉前首相、初訪朝の時であり、
それから数えてさして時間を経ずしての映画製作であるために、
「持たなかった」というよりむしろ「持てなかった」からだと思われる。
当然、そこには、知ったばかりの政治的問題に対して(しかも外国の)、
ヘタな言及をすべきじゃないという作家としての控えめな判断もあっただろう。

しかし、ただ、問題を知り、驚き、そして途轍もなく巨大な国家的事態に、
いったい政治家でもないごく平凡な一市民がどうやって事に対処し、
そしてその巨大な悲劇をどのようにして受け入れているのかを、
単純に「知りたい」という作家的野心もしくは好奇心(言葉は下品だが)、
その作家的にフラットなスタンスは問題のガイドラインや当事者たちの素顔を、
予想以上に素直にフィルムへ収めることに成功しており、
前述とは一見、矛盾したことを書くように感じられるかもしれないが、
それは功を奏してボクたち日本人にもあらためて問題を再認識させるための“余白”を生んで、
そしてその余白がボクら観客にとって、
横田夫妻はじめ「家族会」(正式名称:北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)の方々の、
やり場のない怒りや悲しみ、苛立ちを等身大の感情として受け入れる器の役目をなしている。
(とくに、拉致被害者・増元るみ子さんの弟・照明さんが、
 ’03年の参院選に立候補して落選した時などにも見られたような、
 いわゆる家族会とボクら世間との“温度差”をも映画は客観的に捉えていて、
 その距離感がまた、TVではわからなかった家族会の方々の等身大の表情を教えてくれる)

確かにドキュメンタリーとは言え随所に映画的演出は見られるし、
おそらく、製作総指揮を務めたジェーン・カンピオンの指示だろう、
過剰に“和テイスト”を狙った音楽は耳に煩わしいほど仰々しい。
でも、そうした映画の枠組み的な仰々しさはまた、巨大な渦に巻き込まれて、
それでも小さな体を奮わせて戦う横田夫妻の素朴な人柄を浮き立たせ、
それは拉致問題を超えた“親”というものの普遍的な強さとやさしさを見せてくれる。

選挙の時にしかロクに頭を下げないボンクラ政治家どもの何10倍や何100倍も人に頭を下げ、
涙も枯れたと歌の文句を唱える余裕もないほどにいく晩もいく晩も涙を流し、
絶望しては立ち上がり、絶望してはまた立ち上がってただ子供の名前を呼び続ける。
それもただひとつ、すべては「子供のため」に、そして、失われた30年を取り戻すためだけに。
そしてそんな夫妻の姿はまた、拉致ばかりじゃなく、
あらゆる理不尽な理由により、我が子を失くしたすべての親たちの悲しみにもつながってゆく。

いつものように「ただいま」と言いながら帰ってくると思っていた我が子が、
ある日突然、飲酒運転の暴走車に轢き殺され、
あるいは正体不明の人間に連れ去られてなぶり殺しにされ、
または将来を目指し、学校で元気に勉強していると思っていた我が子が、
ある日突然、想像を絶する人間関係に苦悩した果てに短い命を自ら絶ってしまう……。
そして、ただでさえ子を失くした親の悲しみを、
誰かも知らない心のない人間にネット上でオモチャにされる……。
そうして世界の至る場所に身を潜めている理不尽で邪悪な暴力は、
ただただ善良に暮らす人々の幸せをかくも簡単に踏み付けてゆく―。



ボクの大事な友人のなかに、小学校の教諭を務めているヤツがいる。
子供を導く立場にある人間が、とても人間とは思えないようなことをする反面、
ただ実直に職務に励んできたソイツは「眠れない」と言ってついに心の調子を崩して、
今、学校に行けずに自宅で静かに療養している。
まるで逃げたかのような自分を責めては「どうしていいのかわからない」と苦しんでいる……。
3年前に、2歳の子供を残して事故で死んだ共通の友人をふたりで見送り、
今またソイツは、2歳の子供を抱えて人生の崖っぷちに立たされている。
「家族だけは守る」とそれだけを支えにしかし薬がなければ眠ることもできない。
自分の利益だけを追求して人の気持ちを平気で踏み躙る人間が枕を高くして眠り、
ただより良い明日を目指してマジメに生きている人間ばかりがそうして心を壊してゆく。
こんな世の中、こんな世界はどう考えたって間違っている。絶対に間違っている!
その友人の話と、映画を観たことで、その日ばかりは感情的になってしまい、
どうにも涙を抑えることができなかった……。

だけど、「子供のため」に戦い続ける横田夫妻のまさしく生き様は、
題材を超えてすべての人に、絶望を生き抜く勇気も与えてくれる。
我が子を可愛いと思わない親なんて、本当はひとりもいない―。
どんな親もただ子供の幸せを祈りながら1日1日を戦っている。
だから、親に授けられた命を簡単に捨ててはいけないのだ。



ボクが生まれる時は超が付くほどの難産で、
お袋の目には赤い斑点みたいなものができたという。
生まれた時は、安堵と解放と歓びで涙が止まらなかったとも。
ボクは、間違いなく、祝福されてこの世に生を受けた。
そんなボクの誕生日は昭和47年7月14日だ。
クソみたいな世の中、クソみたいな人生、クソみたいに退屈な毎日、
だけど、ボクは何か途轍もなくムシャクシャしたり、辛く悲しいことがあると、
「俺はそう簡単には“死なないよ”(47714)」と、自分だけのまじないを唱えてみる。

ボクがこの映画を観終わって誓えることはただひとつ、お袋より、先に死なない―それだけだ。



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トラックバック(5件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
めぐみ 引き裂かれた家族の30年
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しづのをだまき
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原題:Abduction:the Megumi yokota story 殆どすべて、新聞やテレビで知っていることなのに、なぜこんなにも泣かされてしまうのか・・殆ど過去の出来事の断片をつなぎ合わせただけの映画なのに・・ ...続きを見る
茸茶の想い ∞ 〜祇園精舎の鐘の声 諸行...
2006/12/10 02:02
映画『めぐみ−引き裂かれた家族の30年』
この映画は、日本国民すべての人が観るべきでしょう。 ※ホンダラさんさっそくご覧になった感想コメントありがとうございます! ...続きを見る
「感動創造カンパニー」城北の部屋!仕事も...
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めぐみ 引き裂かれた家族の30年(2006/アメリカ/クリス・シェリダン&パティ・キム)
【東京国際シネシティ フェスティバル2006@新宿ミラノ座】 1977年11月15日朝、いつものように学校へ出かけた当時13歳の横田めぐみさんが忽然と姿を消した。以来、手がかりを得られないまま、娘の無事だけを祈り続け、娘を取り戻すための果てしのない闘いを続けてきた横田さん夫妻。そして、ついに北朝鮮工作員による“拉致”という驚愕の事実が明らかとなる。国家や政治家の思惑が絡むことで横田さん夫妻の闘いはさらなる困難に直面してしまう…。本作は、そんな横田さん夫妻の存在を知ったアメリカ在住のジャーナ... ...続きを見る
CINEMANIAX!
2006/12/11 20:05
★「めぐみ-引き裂かれた家族の30年」
観よう観ようと思ってて、タイミングが合わず見損なってためぐみさんもの。 「109シネマズ」も年内ポイント倍増セールだし・・・ たまにはドキュメンタリーものでも・・・という事で。 ...続きを見る
ひらりん的映画ブログ
2006/12/29 03:23

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
「我が子を探すことで、我が子を生かしてる」
横田夫妻を見るたびに感じることです。
懐から消えた宝との関係性をどう保つか?
きっと生きている、探すのを待っている・・
そう信じること以外につなぐ糸が見つからない。
残された唯一の愛し方を貫くことで
あの強い姿勢が保たれているのね。

世間との温度差は、拉致問題が国内外で
政治的利用されることからでしょう。
また、民主主義社会でありながら、国際政治に関し
公に発言する国民を「活動家」として
ある種の警戒心を抱く風潮も否めません。
もっとも、関連性の遠い問題についてまで
夫妻の意見を求め、公表するメディア存在が
「胡散臭い」のですが。

還してあげたい、心から思います。
body&soulIV
2006/12/07 08:34
ハハー、してみると栗本さんは30代半ばなんですね。
HOTなお人柄、文章からにじみ出てます。
お母様への思い、立派ですが、女性として言わせてもらえば、
子供は7歳までで一生分の恩を返しています。女は強し、そこまで
心配してくれなくても、その気持ちだけで結構だと思いますよ。
Bianca
2006/12/07 22:13
>body&soulIVさん

政治ドキュメンタリーじゃないことと、
それを外国人の視点で捉えたという点が大きいと思います。
ここ最近になってまた、来年の参院選に向けて、
拉致問題を利用しようという動きが目立ってきましたよね。
横田さんたち家族会の方々にしてみれば、
それでも構わないという気持ちじゃないかと思うんですけど、
やっぱり傍から見てる分には釈然としない想いが残ります・・・。

>「我が子を探すことで、我が子を生かしてる」
横田夫妻の親としての無尽蔵の愛情はもちろん、
この理不尽な状況をどうしてあんなに耐えることができるのか、
その精神力にただただ敬服するばかりです。というより、
そこまで鍛えられてしまった・・・というところが、
本当に切ない部分なのかもしれません。

めぐみさん失踪間もない頃に夫妻が出演した、
「小川宏ショー」のVTRが出てくるんですが、
途轍もない時間の残酷さを感じさせられました。
日本での公開もそうですが、
できれば国外でジャンジャン上映されてほしいです。
栗本 東樹
2006/12/08 21:08
>Biancaさん
TBそしてコメント、どうもありがとうございます。

>子供は7歳までで一生分の恩を返しています
これは何か、そういう喩えというかコトワザがあるんですか?
恩返しできてるのかなぁ・・・(苦笑)。
なんか7歳以降の恩返しが膨大にあるような気がして(笑)。
女は強しと、母は強し、意味は違いますか? 同じですか?
チョット素朴に思ってしまいました。

やっぱり本作は拉致問題云々を超えて、
“親”についても深々と考えさせられる映画だと思いますし、
逆にそれを入口にした方が、
問題も等身大に捉えることができると思うんですよね。
栗本 東樹
2006/12/08 21:17
この映画まだ見ていないのですが、ぜひ見てみたいと思います。

初めまして!実は27というのが私のラッキーナンバーだと感じているものです。
このブログに入ったときの数が27277という記念にこのコメントを残させていただきます。
表の可愛い男の子の写真は栗本さんの幼い頃の写真ですか?
4歳くらいかな?  
思わず抱き上げて頬ずりしたくなりますね。
Thavasa
2006/12/10 09:26
>Thavasaさん
はじめまして。丁寧なコメントをいただきまして、
どうもありがとうございます!

やはり、
誰にも自分だけのナンバーみたいなものがあるんですね。
幣ブログがささやかな記念になってとてもうれしく思います。
感動させようというあざとさなどは見られない映画なので、
よかったらご覧になってみてください。

トップの写真は、
自分が2歳の頃のものです。ありがとうございます。
自分でアップしておいて、恥ずかしいモンですね(笑)。
栗本 東樹
2006/12/11 19:23
もともとは「女は弱し、されど母は強し」でしたかね。ウーン、どちらが真実?「7歳まで」は経験した人たちからの又聞きです。「5歳」「3歳」いろいろあるみたい。他に「子を持って知る子の恩」と言うのもあります。要するに、儒教道徳でがんじがらめになり「生んでくれとは頼んじゃいねぇ」と逆切れしがちな人の心を、少しでもほぐそうってことじゃないかな。栗本さんには無縁な話でしたね。
Bianca
2006/12/13 16:20
Biancaさん、こんばんは。
ワザワザご返答、ありがとうございます。
なるほど、とにかく「母」を経験された方々の格言なんですね。
「生んでくれとは頼んじゃいねぇ」か・・・。
この歳になっては口が裂けても言えないセリフですね。
逆に「生んで悪かったかねぇ」とは言われたことありますが(笑)。
栗本 東樹
2006/12/14 22:01