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マリアンヌ・フェイスフル、というと一般には、 ミック・ジャガーのかつての恋人として有名だけど、 映画好きとすればやはり、まだあどけなさの薫る童顔と、 もう一度ならず二度でも三度でも何度でも飛び込みたくなるような、 見事な美巨乳とのアンバランスな魅力をレザーのツナギに颯爽と包んで、 さすがの伊達男アラン・ドロンも全然影が薄かったというミューズ映画の金字塔、 『あの胸にもういちど』(’67)のマリアンヌ・フェイスフル! この映画の彼女こそ峰不二子のモデルと言われてるんだから、 そりゃ日本のどこを探したって、いまだに峰不二子なんていないワな。 そんなマリアンヌ・フェイスフルが壮絶な、しかし、イコンとしてはありがちな、 転落人生を経て38年ぶりに映画主演するってんだからそれだけでも事件だけど、 そこで彼女演じるのがまた風俗嬢ってんだからこれはもう観ないワケにはいかない!? だけど、♪時の〜過ぎゆくまま〜に〜この身を〜まかせ〜♪と名曲の歌詞を出さずとも、 時は過ぎゆく。いくらあのマリアンヌ・フェイスフルっつったって今や60過ぎのおばぁちゃん。 すっかり年齢相応の体型になっちゃって、言われなければ誰も彼女とは気づかないんじゃ? ではなぜそんなおばぁちゃんが風俗嬢に!?というのが 『やわらかい手』 の惹きなんだけど、 しかし映画は、ボクみたいに下世話根性丸出しで観に来る客の目線をしっかりと見込んで、 下世話な題材が下世話にならないように細心品よく作り込んであり、印象として可愛らしく、 また1人の女優の主演復帰作としても味わい深い小品に仕上がっていて好感度は高かった。 話は全然関係ないけど、漫才コンビ・ブラックマヨネーズの吉田(ブツブツの方)が19歳の時、 あまりにモテずテレクラで知り合った“内田裕也”似の60歳の女性を抱いたってゆう話は、 芸人の話としてあまりに素晴らしすぎる、青春残酷物語的逸話。小説に書いてほしい。 ロンドン郊外に暮らす平凡な主婦マギー(フェイスフル)は、 難病を患う最愛の孫の手術費用を稼ぐ必要に迫られていた。 ローンも借りられず、仕事も見つからない絶望の中でマギーは、 迷い込んだ歓楽街で“接客係募集・高給”の貼り紙を偶然目にする。 彼女は思わず飛び付くが、そこは“ラッキーホール”の風俗店だった。 マギーは驚き慌てて逃げ出すが、しかし、残された道はもうなかった。 覚悟を決めて“仕事”を始めると、オーナーのミキ(ミキ・マノイロヴィッチ)が見込んだ通り、 彼女はその手のなめらかさでたちまち店でNo.1の接客係になるのだった……。 映画に出てくる“ラッキーホール”。ボクはそんな世代じゃないので経験したことはないけど、 これはいわゆる風俗が多様化を始めた黎明期と言える80年代頃にかなり流行ったらしい、 壁に空いた丸い穴越しにその向こうにいる人が手でシゴいてくれるという風俗の一形態。 要は壁越しで見えないワケだから、手でしてくれる人が必ずしも女性である必要はなく、 実際、当時は店の店長やアルバイトの男性店員が奉仕するなんて場合も多かったとか。 1発2千円ぐらいが相場だったようだけど今はどこ探しても日本にはないんじゃないかしら。 末井昭のエッセイを読むとよくそんな話が出てきてだから名前だけは昔から知っていた―。 で、そんな風ないわゆる手による性技のことを現在は広く一般に 手コキ と申しまして、 手コキと言うとイコール“手ヌキ(手抜き)”なんて思う人もいるかもしれないが、それは違う。 まァだからってラッキーホールなんて仮に今あったとしても別に行きたいとは思わないけど、 しかし“手”というのは、その持ち主の心の温もりがダイレクトに伝わる部位だから、 一概に手コキとは言えど、それはいい加減な感じばかりでもなくバカにはできないし、 どころか手コキ具合にはその人の人間性さえが表れると言っても決して過言ではない。 劇中でマギーが売れっ子になったのだって、そりゃ話を転がすためのネタじゃあるけれど、 でもそれは何も彼女の手の感触がやわらかいから商売に“向いていた”というだけじゃない。 ちなみに筆者は、 乳首を舐められながらローションで手コキされるとなんでも言うことを聞きます。 あ!そこのキミ、そこのアナタ、今笑っただろ? このシンプルだけどシンプルゆえに、 相手を“思いやる”心でこそキマるこの真の快感(全身を電流が貫くような)を知らないとは、 男の人生、大半損してると言っても決して言いすぎじゃないと思うヨ。まぁ笑えばいいサ。 手コキの巧みな女性は料理と整理整頓が上手というのが筆者の持論です(今考えた)。 閑話休題(かなり)。 上述と重複するけど、映画は、難病の孫のためにおばぁちゃんが風俗で働くなんていう、 どー考えたってネタまかせの下世話な話で、だけどそれだけで2時間近くが保つワケなく、 あくまでフェイスフル演じるマギーの温かな雰囲気とか年齢相応の女性的魅力を軸にして、 決して下品にならないよう細心丁寧に描かれているのでいかがわしさみたいなものは皆無。 もちろんこの映画は、愛する者のためなら…という無償の愛を描いた作品でもあるけれど、 しかし、それ以上に本作が描いていると思うのは、1人のごくありふれた初老の女性が、 いわゆる夜の世界に飛び込んで男と女に流れるやるせない哀歓の世界を経験することで、 やがて内面に封印していた女の誇りと自信を少しずつ取り戻し自立してゆくという物語……。 ただ、題材が題材だけに映画がゲスにならないように、という演出の配慮はわかるんだけど、 ややそれがかえって気をつかいすぎるのか、全体の印象がチョット平坦なのがたまにキズ。 たとえばマギーとミキの恋はもう少し輪郭をハッキリさせてもよかったんではないかと思う。 それに個人的には、夜の世界のいかがわしさや哀歓もやっぱり濃い目に描いてほしかった。 正直いまだに世間には、いわゆるそのテの場所へ通う男やそこで働くよりない女性に対し、 強い偏見を抱いている人が男女にかかわらず多いので、それを逆手にマギーの目を通し、 ある種の男たち女たちの切ない機微を、胸を締め付ける感じで描いてくれたらうれしかった。 それを見事に描いていたのが、神代辰巳や田中登などの日本の名匠だったんだけどなァ〜。 とは言え、そんなボクの個人的希望を差し引いても本作は嫌味臭味のないよくできた佳作。 仕事で手ヌキをしつつ、それまで手抜きしてきた女の人生を取り戻そうとするマギーの姿は、 冒頭の疲れたおばぁちゃんからどんどん輝いてゆくフェイスフルの存在感で痛快そのものだ。 ベタベタとしつこく引っ張らないラストの描き方も往年のイギリス映画らしい小粋さで鮮やか。 ここは色メガネなしで観てほしい、老若男女問わず、意外とこの季節にピッタリとくる1本だ。 映画を観終わった後はDVDで、『あの胸にもういちど』 をチェック。 太ったマギーが裸にジャンプスーツを着てる場面を想像してって 違う! あの頃のフェイスフルが手でしてくれるとこをアッ・・・。ふぅ〜。男って哀しいね。 [ ル・シネマ(渋谷) にて公開中 ] |
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