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世の中のほとんどの人にとっては間違いなくどうでもいい話なんだけど、さる6/21は、 我らがオーケンこと大槻ケンヂが筋肉少女帯でデビューして以来20周年ということで、 その記念ライヴが恵比寿リキッドルームであり、ボクも勇んで観に行ってきた(超満員)。 (それにしても、同じミュージシャンを20年聴き続けているというのも我ながら感慨深い…) 今から5年前―。二度この東京へ出てきてようやく1年が経過した同じ土曜日の6/21にも、 同じくオーケンの特撮ライヴがその時は新宿のリキッドルームであり1人で行ったんだけど、 今回は2人の女友だちと、その1人の子の彼氏くん(ピチピチの10コ下)との4人で行ってきた。 みんな、この5年の間にできた友だちだ。5年などアッと言う間なんだから、20年とて然りだね。 5年前、近所のカラオケ屋で一緒にバイトをしていたバンドマンの女友だちを通じてつながりができ、 ともにオーケンファンということで新宿ロフトの特撮ライヴで顔合わせしたのが始まりだったんだけど、 夜な夜なカラオケ屋で働いている映画好きのいかにも寂しそうなオーケンファンと聞いて彼女たちは、 ボクのことをメガネで色白で小太りで汗っかきみたいな感じと想像していたらしい(すげぇ偏見だソレ)。 中でも背が高く当時はド金髪でやや近付き難い印象もあったニココちゃんは家が近かったこともあり、 以来、何かと独りぼっちで実は対人恐怖症気味(あくまで気味)だったボクのことをイロイロ誘ってくれ、 と同時に時には恋愛相談(か?)にも乗ってくれ、典型的なO型気質にイラついたこともあっただろうが、 いい感じの距離具合で今も時々引っ越していった先とかで彼氏くんともども快く付き合ってくれる……。 先日のライヴ終演後もそのまま恵比寿駅前にある呑み屋へと繰り出し、慢性的な睡眠不足に重ね、 ライヴが楽しく(好きな曲ばっかだった!)ハシャぎすぎたため正直体の芯からグッタリだったんだけど、 あ〜ライヴの後に独りじゃないっていいな、友だちっていいな〜ムニャムニャと、翌日観るつもりでいた、 この 『ぼくの大切なともだち』 が仮にツマラなかったとしても(実際面白かったけどデキは“並”かな?)、 今日のことをまたここに書いてやろうウヒヒと思いながら、ボクはカルーアミルクを呑んでいたのだった。 彼女らと呑んでいると耳新しい話題が吸収できるからタメになるし、なによりニココちゃんの彼氏くんは、 このブログを見てカール・ドライヤーに行くというボクが爪の垢を煎じて呑みたいようなナイスガイなので、 じゃあ今度はとタメシにファスビンダーをススメてお開きと相なった。なんと素晴らしい25歳なんだキミは! というワケで、なんの変哲もないささやかな人生だけど、ボクは友だちには恵まれている。そう思える。 何をもって“友だち”とするかはきっと人それぞれだと思うし、個人的にはあまり深く考えたこともないし、 よく“気のおけない友だち”と言うけど友だちと思えばこそ逆に気を遣うことも大事ではないかとも思うし、 なにより“男女間の友情は成立するか?”なんてそんなことどーだっていいじゃんと最近は思うんだけど、 とにかく人間、友だちに「恵まれている」という気持が肝心で、別に友だちの多い少ないは問題じゃない。 ただ、その「恵まれている」という気持の裏には、“無理して友だちを作る必要はない”という心理がある。 何も友だちがいないなら別にいなくたっていいと思うし、友だちは“できる”ものであり“作る”ものじゃなく、 無理に人間関係作って疲れるくらいなら、独りの時は独りに任せて独りを愉しめばいいんだとボクは思う。 そんなワケでタイトルとは裏腹に“孤独な男”を描かせたら当代一の名匠パトリス・ルコント監督最新作、 確かにデキは“並”と書いたし近年の秀作 『列車に乗った男』 や、『親密すぎるうちあけ話』 と較べても、 印象はもうひとつ、という気が個人的にはした 『ぼくの大切なともだち』 なんだけど、とは言ってもそこは、 どんな方向性の話でも軽快な語り口で大当たりまではしなくてもハズレは引かせないルコント節なので、 独善的で性格が悪く、気がつけば周囲に“親友”と呼べる人間など1人もいなかったという骨董商の男と、 社交的で人に好かれるタイプなのに過去の苦い経験から1人孤独を感じているタクシー運転手の男との、 ひょんな出逢いで始まる奇妙な友情物語を決してベタベタしない人間ドラマとして粋に見せてくれる……。 多少の強引さも感じるけど、適度な笑いと役者の味わい深さでルコント・ファンには手堅い1本じゃないか。 ただ、タイトルもタイトルだし、“友だち友だち”とヤタラ押し付けがましい印象を感じなくもない本作だけど、 何もこれは“友だちの作り方”を描いた映画じゃないし、「友だちっていいよォ〜」と標榜する映画でもない。 いや、確かにこれは「友だちっていいよねぇ」と客にしみじみ思わせるように描かれている映画なんだけど、 しかしその根底には「人間とは孤独な存在だ」という前提がある。だから、こうした話が生きてくる(と思う)。 そして、これまで“男の孤独”をたくさん描いてきたルコントという孤独な作家自身“友情は不変にあらず”、 だけど“孤独は不変…”という真理を熟知しているから、こんな題材の映画を創ってもマズ臭くはならない。 クイズ番組で巨額の賞金を得たことからタクシー運転手の彼がまた孤独を味わうという展開がルコント的。 多少強引とは書いたけど、あのひとヒネリがあるからラストの2人のやりとりが効いてくるんだよね!巧い。 先にも書いたけれど、別に友だちが1人もいなくたってそれはそれでいいじゃないかとボクは真剣に思う。 だっていないモンは仕方ないんだし。人間は孤独なんだから、1人こそ当たり前と思えばそれでいいんだ。 その前提があるから「友だちに恵まれる」という言い方もするワケで、じゃなけりゃ馴れ合いになってしまう。 そして馴れ合いにならないためにもう一つ、逆の言い方だけど「友だちは選ぶ」というのも大事じゃないか。 「友だちに恵まれる」「友だちは選ぶ」 この二つがあって初めて、「あ〜友だちっていいな〜」なんだよな。 それにたとえ1人でも、または逆に1万人いても、「友だちに恵まれる」というレベルではまったく同じなんだ。 友だちはたくさんいた方がいい的な風潮がネットには充満してるような気がするけど…それってどーかな? ブログのTBやコメント数とかマイミクの人数で満足してる人は一度じっくり足下見た方がいいんじゃない? そして、孤独は決して悪いことじゃない。孤独こそが人間の生きる糧だし、心の宝とさえボクは思ってる。 だからなんでも孤独を言い訳にするヤツは嫌いだし、それは孤独という心の糧に対して失礼な言い種だ。 それをまるで孤独が臭いもののようにフタをして空々しく愛だの恋だの友情だの人情だの謳っているから、 最近のほとんどの歌とか映画とか大ぇ嫌いなんだ! そうやって孤独を封じ込めるような風潮があるから、 今度は「自分ばっか寂しい、自分ばっか寂しい」とバカなマネしでかすヤツが次から次に出てくるんだよ。 そりゃ確かに孤独が堪える夜だってあるけど、そんなのはしょーがない人間は孤独な生き物なんだから。 ・・・しかしま、友だちっていいよな(じゃあどっちだよ!)。要するにボクは“内省”と“感傷”で生きてるんだ。 言いたいことは、友だちもいいし、孤独もまたいいし、だけどハヤシもあるでよってことかな?(疲れたかも) 大して人目に触れるブログでもなかろうと、映画の話に託けてボクはよく友だちの話を書くんだけれど、 それは友だちが好きだし、人として誇りを持てるから自信を持って人様に紹介して自慢したいからだし、 (もちろん、書く時は細部の細部にまで気を遣う。遣ってます。なんなら映画の評価の100倍遣ってます) なにより、そんな素敵な友だちを持っている自分を素敵な男性と思わせて誰かにアピールしたいという、 「栗本さんて、どんな人なのかな…」と、女性に思われたいというイヤラしい計算があるからなんだけど、 とにかく、このブログを友だちに読んでほしいとは実はそんなに強く思ってないとは言え(恥ずかしいし)、 ブログの存在を教えることで“つながりを保ちたい”というボクの素朴な気持はどーゾ理解してほしいの。 それに、こうやってブログつづけてればイチイチ連絡しなくていいから楽だしね(打算に充たされた人生)。 ふぅ。なんでもいいけど、ライヴでヘドバンしすぎてまだ首が痛ぇ……。もう火曜日なのに……。 だけどこないだのライヴはチョ〜楽しかった! 心の底から体の芯からメチャクチャ面白かった! まぁそれも友だちが一緒にいてくれたからだと思うし、やっぱり友だちはいいモンだ、でシメよう。 そしてそんな友だちができたのもオーケンをずっと聴いてきたからだし 「オーケンありがとー!」 というオチ。これからもオーケンには“すべらないライヴ”をつづけてほしい!という二段オチで! [ ル・シネマ(渋谷) にて公開中 ] |
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