“昭和のヒーロー”の知られざる孤独、でも… 『力道山』

画像

ハナっから興味がないというのならともかく、
プロレスを“八百長”だと頭ごなしに見下してかかるようなヤツは、
誰彼かまわず敵である。容赦はしない。
そんな頭の堅い輩は、人生の大半を無益に過ごしているとボクがハッキリ言ってやる。
プロレスを八百長と言うなら、八百長の介在しないプロ・スポーツなんてこの世にはない。
なぜか? アマチュアと違ってプロの世界には“利権”が絡むからだ。
金の派生する世界には必ず“ウソ”が介在する。
スポーツとかビジネスとか、そんな括りは関係ない。プロの世界とはそういうものだ。
野球だってサッカーだってボクシングだってK-1だってプライドだって、
オリンピックだってワールド・カップだって、“そういう話”があるではないか。聞いたことない?
なのに、それなのにどうして人はプロレスばかりを八百長といってバカにするのか…!?

そんなことを言うなら、何もスポーツじゃなくたって、
映画だって、ドラマだって、歌だって、こんなものみんな作り物のウソっぱちじゃないか!
スクリーンの中で貧しい主人公を演じていた俳優が何10億もする豪邸に住んでいたり、
切ない恋愛ソングを歌っていた歌手が私生活では女をボロぞうきんのように捨てていたり、
それでも人はみな、映画やドラマを観て泣いたり歌を聴いて生きる勇気をもらったりしている。
それは“本気”が伝わってくるからでしょ? だったらプロレスだって同じだ。
たとえシナリオに沿って試合をしていたとしても、
そのために日夜体を鍛え、“本気”でリングの上に立っていたらそれはもう“リアル”なんだ。
スクリーンの中の俳優、ステージの上の歌手、リングの上のレスラー、
フィールドの中の野球選手、オリンピック競技場のアスリート、本気のリアルに大差はない。
荒川静香に憧れてフィギュアを始めたという女のコが、
きっと何年か後にはオリンピックに出ているだろうし、
かと思えば、かつて大仁田厚の試合を見て本気で自殺を思い留まり、
今現在も生きているという人間だってこの世にはいるということをどうか憶えておいてほしい。
(こんな書き方をするとまるでボクのことみたいに思えるけど、これはボクの話ではない)

プロレスとホラーの話を始めると必ずウザいと煙たがられるのでもうソロソロ切り上げるけど、
プロレスに限らず、あらゆるスポーツの場合でも、映画でもドラマでも歌の場合でも、
“受け手”側に共通するある“能動的”な情動とは何か? それは“自己投影”だ。
野球で言う“メイク・ドラマ”なんて言葉はまさにそれ。だから上記のものはみな面白い。
だからって、何も投影する対象のすべての人間性や全人生に自分を投影するワケじゃない。
9回裏で一打逆転の状況に追い詰められた時のピッチャーの選球、
スクリーンの中で絶望に打ちひしがれる俳優の一瞬の表情、
歌手が自分の好きな歌を情感込めて歌ってくれる時のサビ、
そして、大技を喰らって大の字になったレスラーがしかしカウント2で体を起こす時の闘志。
そんな一瞬一瞬に何かを投影することで、やがて“自分のドラマ”が対象から跳ね返ってくる。

切り上げると書きつつ話は長くなったけど、そういう意味で、
この、現在テアトル系で公開中の日韓合作映画 『力道山』 は、
決してあの力道山の生涯を忠実に再現したものではないとはいえ、
彼の生き様を通して、戦後の在日朝鮮人の人々のアイデンティティーを今再び探り、
そして、人がその長い(時には短い)一生において、
何かを得ることと失うことの苦難と葛藤を描いた普遍的な物語として観る者の胸に迫ってくる。
これはどちらかというと、力道山が主人公の 『血と骨』 と解釈した方がいいのかもしれない。

画像

 1945年。貧しい生活から脱け出すために祖国を離れ、
 相撲の世界で頂点を目指すために単身日本へ渡ってきた力道山(ソル・ギョング)は、
 しかし朝鮮人は横綱にはなれないという現実に挫折して、酒浸りの日々を送るように。
 そんなある日、彼は酒場で1人の屈強なプロレスラー(武藤敬司好演!)と出逢い、
 人種も国籍も関係ない“プロレスリング”の世界を教えてもらう。
 レスラーに転身することを決めた彼は今度はアメリカへ渡り、努力の甲斐もあって成功。
 帰国後、日本で初めてプロレスの興行を成功させた力道山は、
 一躍、戦後日本人の復興の象徴的存在としてヒーローになる。
 しかし、そんな大きな成功の裏で、彼はしだいに孤独と苦悩を深めてゆく……。

正直に告白すると、
ボクはプロレスが好きとはいっても力道山についてはほとんど何も知らない。
だからこの映画をそういう面でアテにして観に行ったんだけど、
上述した通り、これは必ずしも力道山の生涯を忠実に描くことが目的の映画ではないので、
ボクと同じ理由で観に出かけた人や多くのプロレス・ファンは、
半ば拍子抜けといった感がなきにしもあらずだったかもしれない。
この映画に携わった主な製作者たちの中に、
プロレスを熟知している人間はほぼいないというのがボクの私見だし、
武藤のほか、船木誠勝や秋山準、
そして故・橋本真也が出ているとはいえ(但し、橋本だけはプロレスに転向する横綱の役…)、
プロレス映画として試合のシーンがよく撮れているワリにはやはりどこか物足りず、
だから芋ヅル式に、
戦後在日朝鮮人のアイデンティティーを力道山に求めるドラマを撮りたかったのか、
それとも力道山とその妻・あや(中谷美紀)とのラブ・ストーリーが主軸なのかがかなり曖昧で、
2時間17分を飽きさせないワリには中途な印象が残るのもまた確か。

だけど、体重を20㎏以上も増やし、
日本語をほぼ完璧にマスターして役に挑んだソル・ギョングの圧倒的力演は、
それだけでスクリーンに映画として充分なだけの説得力を持たせてはいるし、
これだけは、力道山その人の真実なのだろう、
いくら日本の国民的ヒーローとして財を成したとはいえ、
日本人としてリングに立つことでアイデンティティーを失いがちだったことからくる深い苦悩や、
成功の代償として周囲に対ししだいに疑心暗鬼になってゆく焦りに似た力道山の孤独を、
『パイラン』 のソン・ヘソン監督は後半の軸にして丁寧に描写。
その苦悩と孤独感から力道山とともに解放される温かなラストでは、
それこそ“韓流”面目躍如の力技でしっかりとコチラの涙腺を緩ませてくれる。
ギョングだけではなく、中谷美紀や、藤竜也、萩原聖人らの芝居も違和感がなくて印象深い。

日本側から力道山を捉えるのか、それとも韓国側から捉えるのか、
日韓合作にしてしまったことが中途な印象の最大の原因のような気がしないでもないけれど、
プロレス・ファンを自称するなら、そして“韓流”好きを自称するなら、
やはり、襟を正して観に行かなければならない1本だ。

シネセゾン渋谷 ほかテアトル系にて公開中 ]

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い