ヒップホップが苦手でも…? 『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』

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『マイ・レフトフット』(’89)、『父の祈りを』(’93)、
『ボクサー』(’97)、『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』(’02)など、
現在、公開中の 『プルートで朝食を』 のニール・ジョーダン監督と同様、アイルランド出身で、
一貫して社会性のある骨太な作品を撮り続けている、名匠ジム・シェリダン監督。
そんな彼が、ヒップホップ界のカリスマの半生を描くというのは一見ミスマッチにも感じるけど、
ヒップホップというジャンルが過分に社会性を含むものだと考えるなら、
そしてそこに焦点を当ててカリスマの半生を描くとするなら、
先のジョーダン監督と同じく北アイルランド紛争の現実を体験しその影響で、
人間社会の呵責なき現実のなかからひと筋の希望をやさしく見出す作風にこそ定評のある、
シェリダン監督は極めて最適の人物だということも言えるのだろう。

同じ題材の映画を考えるときに、
まず、誰しもが思い浮かべるのはおそらくエミネム主演の 『8Mile』 だと思うけど、
『8Mile』 がどちらかと言えばドラマ色豊かで、
ヒップホップ・バトルのシーンも扇情的に徹底して娯楽性重視の作品だったとするなら、
このカーティス・“50セント”・ジャクソン主演の 『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』 は、
それとは違って50セントの音楽性を育んだ“ストリート”の背筋も凍る現実こそを描いた、
どちらかと言えば娯楽的なドラマ性には乏しい音楽映画というよりはやはり社会的な作品だ。

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 父親を知らず、美しい母親と暮らす8歳のマーカス(マーク・ジョン・ジェフリーズ)は、
 密かにラッパーになることを夢見ながら、思いつく言葉をテープに吹き込んでいた。
 しかし、ドラッグの売人をしていた母親が、売人同士のトラブルで惨殺されたのを機に、
 彼自身もストリートでどん底の生活を送ることになり、やがてドラッグの売買に手を染める。
 成長したマーカス(50セント)は、母親と旧知だったギャングの幹部に目をかけられて、
 少しもしないうちに頭角を表し、ディーラーとして成り上がってゆくのだったが……。

ご多分に漏れず、ヒップホップには音楽としていっさい興味がなく、
というよりファッションありきで限りなく表層的な印象を受ける日本のヒップホップ流行りには、
(W杯をめぐる表層的な狂騒と同じく)そこはかと薄い忌避感すら抱いているクチなんだけれど、
だからこそ本場ヒップホップの源流、その懐に入ろうと今作の鑑賞に臨んだというのも事実で、
そんなこちらの気持ちに応えてくれるかのようにシェリダン監督は、
50セントを通したカリスマMCのキャラクター的根源そのものよりも、
ヒップホップの“武闘性”の所以たるストリートの現実を生々しく画面に描き出してゆく。
そこからうかがえるのは、
スパイク・リーやマリオ・ヴァン・ピーブルズの映画からは想像できないような、
ドラッグにまみれ混沌が澱と化したアフロ・アメリカン社会の救いようのない末期的側面……。
そこを呵責なく描き出すことによってはじめて、
50セントの紡ぎ出す連綿とした言葉に、“本物の凄み”を持たせようというのが監督の狙いだ。

楽曲の個性をそのまま芝居へと転化していたエミネムと比較して、
50セントのそれがどこまで役者としての実力につながっていたのか正直微妙にわからないし、
このドラマのどこまでが彼の実人生とリンクしているのかに言及することは難しいんだけれど、
少なくとも、今作には 『8Mile』 にはなかったストリートの恐怖が描かれているのは確かだし、
その掃き溜めのような現実から“言葉の力”で脱け出そうと苦闘する主人公の素の表情には、
ヒップホップ云々を超えた、『トレインスポッティング』 以上の説得力があって話はドラマチック。
昨年、『アマンドラ! 希望の歌』 という、
南アのアパルトヘイトに音楽で対抗した黒人社会の歴史を追ったドキュメント映画があったが、
同様今作でも、シェリダン監督は、
底辺から音楽を武器に這い上がるという黒人社会と音楽の関連性を見据えた上で、
そこの部分をうまくサクセス・ストーリーにつなげて50セントの生き様を映画へと昇華している。

先にも述べたとおり、『8Mile』 に較べればキャッチーさは皆無だし、
話もストイック過ぎてなにより日本では“黒人映画は当たらない”というのも事実。
だけど今作には、今までのシェリダン映画と同じように、
ヒップホップの魅力以上に底辺で必死にもがく人間へと向けられたやさしい眼差しがあり、
なによりヒップホップ嫌いの鑑賞にも堪えうる大人の映画としての硬派で骨太な魅力がある。

これを観れば、余計に日本のヒップホップが柔に見えてくるのは確実だが、
好きな人も嫌いな人も選ばないバランスのとれた力作として及第点の仕上がりになっている。

[ 渋谷 シネマライズ にて公開中 ]

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