ミッドナイトラジオ、『ミッドナイトムービー』

東京で生まれ育った人にはピンとこないかもしれないけど、
田舎の夜というのは、時差でもあるのかと思うほど本当に早い。
ボクの故郷は“小京都”なんて呼ばれる岐阜の山奥の田舎町だが、
夜の9時頃には、チョットした呑み屋横丁を除いて町じゅうシーンと静まり返る。
故郷を離れてもう15年以上になるけれど、それは今でも同じだろう。
常に変貌を遂げ続ける大都会とは違って、田舎なんて所詮そんなものだ。
だから、町には10代の若者が興じてよろこぶような大した娯楽とてなく、
せいぜい町に1、2軒のボーリング場でボーリングかビリヤードをやる程度、もしくはカラオケ。
ボクは10代の頃から外でキャッキャと遊ぶようなタイプではなかったので、
もっぱら部活などのない授業アフターには図書館で本を読んでいるような、
典型的な内向型の少年だった。
タバコも吸わなかったし、酒も大学に入るまでは覚えなかった。
自分たちがタバコを吸うときに後輩を“見張り”に立たせるような先輩連中を、
ボクは当時心のなかで見下していたし、
それに感化されてやがてタバコ等を覚えてゆく周りの連中のことも、
ドイツもコイツも主体性のないバカだと思っていた(あくまで当時は)。

とは言え、じゃあ10代の頃から今のように映画ばかり観ていたのかと言えば、
哀しいかなボクの田舎町には映画館がたった1つしかなく(今でも)、
しかもそこへ行くにはひと山越えねばならないような場所に劇場があったので、
けっきょくボクがその頃に夢中になっていたものと言えば、
江戸川乱歩や夢野久作、宮本輝に三田誠広など周りの誰も読んでないような小説や、
筋肉少女帯人間椅子といったこれも周りの誰も聴いてないような音楽、
そしてラジオの、いわゆる“深夜放送”だった。
読む本も、聴く音楽も、そしていつか観たいと思う映画も、
ほとんどは深夜ラジオのパーソナリティが教えてくれたものだし、
けっきょくボクが筋肉少女帯を聴くようになったのも、
ヴォーカルの大槻ケンヂが当時オールナイトニッポンのパーソナリティを務めていたからだ。
今の中学生や高校生って、夜中にラジオとか聴いたりするのかしら?

夜中にパーソナリティが語って聞かせてくれるような映画は、
たいてい紋切り型のハリウッド映画や商業主義の日本映画なんかではなく、
それこそ都会の片隅にある小さな映画館1館でしかかかってないようなコアな映画ばかりで、
それはとてもいかがわしい匂いがして、淫靡で、そしてちょっぴり切ない響きがして、
いつか田舎を離れたら、そのテの映画館の闇に埋もれて、
自分だけの映画を探してみたいとよく夢想しながら受験勉強していたものだった。

10代の頃に知らず知らず培った友情が大切なものだと本当に気づくのは、
意外と歳を喰ってからの話で(それこそ20代の半ばぐらいになってやっと)、
あの頃は、それなりに周りに友だちがいても、所詮コイツらも赤の他人だと思ってたし、
本当に自分の気持ちを理解してくれるのは、
自分の好きな小説や、音楽や、深夜のラジオ放送だけだと頑なに思い込んでいた。
でも、あの頃のそうした想いは、30歳を過ぎた今の自分にとっても大切な宝物で、
最近、10代のコが放火したといってはニュースなどで取り沙汰されるけど、
彼らにも、彼女たちにも、何かひとつでも拠りどころになるそんな“自分だけ”のものがあれば、
あんな哀しい事件を起こさずにすんだんじゃないか…と、ボクにはそう思えてならない。
そして、小説にも、音楽にも、映画にも、
本来は、正体不明でワケがわからず今にもバクハツしそうな10代だからこその怒りの感情を、
なんとか悪い方向に向かわないよう収めてくれるそんな力がきっとあると、
ボクは今でも信じている―。

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70年代前後、深夜の映画館でかかるまかり間違っても決して一般的じゃない、
いわゆるカルトな映画たちが時代の最先端になりえた喧騒と混沌の時代。
その当時の社会的熱狂を様々な証言から検証してゆくという主旨のドキュメンタリー映画、
その名もズバリ 『ミッドナイトムービー』

西部劇スタイルを借りた超難解な残酷絵、アレハンドロ・ホドロフスキーの 『エル・トポ』(’70)、
ゾンビ・ホラーの原典的傑作、ジョージ・A・ロメロの 『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(’68)、
これぞ下品と悪趣味のバイブル的金字塔、ジョン・ウォーターズの 『ピンク・フラミンゴ』(’72)、
出口なき青春、ジャマイカ版ニューシネマ、ペリー・ヘンゼルの 『ハーダー・ゼイ・カム』(’72)、
現実逃避のユートピア、リチャード・オブライエン脚本・出演、『ロッキー・ホラー・ショー』(’75)、
そして、映画が麻薬たりうる実験としての結果、デヴィッド・リンチの 『イレイザーヘッド』(’77)。

映画ファンとしていずれも一応は観ているし、そりゃなかにはマイ・フェイバリットもあるけれど、
当然観たのは劇場ではなくビデオ、しかもDVDでもなくビデオで。
だからボクは、これらの映画を「懐かしい」と言って思い出す世代からはすでに外れている。
でも、今作には、ボクが10代の頃に山奥の田舎町で夜な夜な抱えていた、
映画、というよりもそれをひっくるめた“街”に対する憧憬を再認識させてくれるような趣があり、
映画好きとして単純にワクワクするような話題が満載であると同時にそれがとても魅力的。
映画だろうとなんだろうと、要は、夜中に生まれるカルチャーにウソはない、
そう確かめさせてくれる屈強な映画猛者たちの言葉がキラ星のように散りばめられている。

しかし、哀しいかな、時は流れて、
今や映画が時代の最先端になりうる時代は遥か昔の話になってしまった。
この先、それこそひとつの時代を象徴さえするかのような映画が生まれることはないと思うし、
それを必要とされる時代が再びめぐってくることもおそらくきっとないだろう。
それを象徴するかのように、ボクがユーロスペースへ行ったときも客席はずいぶんとまばらで、
映画のなかの熱狂した時代の“匂い”はただの少しも漂っちゃいなかった。
いくらド平日とは言えレイトショーだし、もう少しくらい混んでるものだとばかり思っていたのに。

でも、ボクはこうも信じている。「映画」がなくならない限り、“カルト”は永劫に語り継がれると。
ここに登場する6本の映画は、これからも誰かの心を虜にし、孤独な夜の縁(よすが)となって、
新しいファンをきっと獲得し続けてゆくに違いない―。
リチャード・オブライエンは、確かこんなことを言っている。「いつまでも、子供でいたいんだ―」
それを迷惑なオトナの開き直り宣言と曲解されては困るけど、要はそういうことなのだ。
作り手である彼らがそうであるように、受け手であるボクたちも、もしくはボクも、
いつまでも子供でいたいから、こうして映画を観続けているんだ……。
それを恥ずかしいことだなんてこれっぽっちも思わない。
これからもきっとボクは、あの頃、何かを探して深夜ラジオを聴いていたように、
自分だけの“ミッドナイトムービー”を探して映画を観続けてゆくだろう。

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