“自分らしく”とはつまり、他人への“思いやり”… 『トランスアメリカ』

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自分らしく―。この言葉ほど、
誰もが理解しているようで実は曖昧な言葉というのもほかにない。
最近この「自分らしく」というフレーズを使ったと言えば、
自身のブログでIT社長の恋人との破局を告げた釈由美子だけど、
彼女が自身に対し、何をもって“自分らしく”と語ったのかはやっぱりもうひとつわからない。
自分らしく生きたい―。誰もがそう思ってはいるけれど、
しかしその方法、
つまり、どうすれば“自分らしく”なのかがわからないからこうして人は日々悩むワケで、
だから映画でも、
主人公が“自分らしく”を探して葛藤を繰り返してゆくドラマは、老若男女問わず共感を呼ぶし、
いわゆる「ロード・ムービー」というのも、“自分らしく”探しをわかりやすく描くものとして、
映画のなかじゃ昔からひとつのジャンル的な確立を果たしていて人気も高い。

でも、自分らしくとはいっても、多くの人にとって男であったり女であったりというのは前提で、
そこの部分で悩んだりとかはフツーはしないと思うんだけど、
こと自分の“性の所在”について悩んでる人の苦悩というのは、
ボクらの想像を遥かに超えて、きっと尋常なものじゃないだろうと想像する。
生まれてこの方、ごくごくフツーに女のコが好きなら、
「女に生まれたかった」とも「女になりたい」とも一度も思ったことがなく、
「女は気楽でいいよなぁ」と思うことはあってもそれは女にしたら逆のことを思うだろうし、
男が男を好きだろうと男の人が女になろうと、
そんなこと少しも恥じることでも隠すことでもないと頭の中じゃわかってはいるんだけど、
じゃあある日ボクの兄貴がゲイだったなんて話になったら、
それはそれでショックを受けて理解するのに時間がかかるだろうし、
盆や正月に兄貴がいきなり“女”になって帰ってきたりしたら、
おそらくひっくり返ってそのまま気絶してしまうような気さえする。
なにより、そういう悩みを安易に理解したフリをするのもそれはそれで欺瞞な気もしてう~ん。

内面はれっきとした“女”なのに体は立派な“男”。
そんな、いわゆる性同一性障害という(“障害”とするのは何か差別のような気が…)、
極めて現代的なテーマをモチーフに、
ヒロインが、かつて“男”だった時代にできていた息子と17年目にして出会い、
それをキッカケにさらに自身のアイデンティティーに深く悩んで、
やがて、ささやかながらも希望を見出してゆく様子を繊細なタッチで綴った話題の映画、
『トランスアメリカ』
題材だけに焦点を当てると、そりゃ万人向けじゃないように思えるけど、
だけどそこを重く扱いすぎないことで軽いユーモアも交えながら、
性の所在云々じゃなく自分の生き方に悩んでいるすべての人が共感できる作品として、
かなり好感度の高い1本に仕上がっている。

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 男性であることにずっと違和感を持ち続けてきたブリー(フェリシティ・ハフマン)は、
 肉体的にも完全な女性になるための手術を目前に控えていた。
 そんな彼女の前に、ある日突然、トビー(ケヴィン・ゼガーズ)という少年が現れる。
 彼は、ブリーが“スタンリー”という名前の男性だった頃にできた息子であることが判るが、
 1日も早く女性になりたい一心のブリーは、彼を養父の元へと送り返そうとして……。

この映画の肝は、
ヒロインであるブリーが抱く「自分は女である」というアイデンティティーには一点の曇りもなく、
それがかつて自分が“男”だったときに作ってしまった息子と出会い、
その息子が「いつか親父と暮らしたい」と願っているのを知ることによって、
今まで以上に自身のアイデンティティーに対し深く悩むようになるというところ。
要はこの映画が描いているのは性同一性障害の行方がどうのというだけじゃなしに、
“自分らしく”生きることが決して周りの人の幸せにまでつながるというワケじゃなく、
じゃあそこで“自分らしく”生き通すことは果たして本当に幸せなことなのか?
人間は自分の幸せのために生きているのだから自分らしくあるのは大切なことなんだけど、
同じように、人は決して1人で生きているワケでもないのだから……という、
要は有り体だけどそこではじめて試される普遍的な“思いやり”の問題。
つまり、“自分らしく”生きることは周りが見えなくなる可能性も含んだ“両刃の剣”だってこと。
(念のために書くけど、ブリーは手術しない方がよかったなんて言ってるワケじゃない)

“本当の自分”を目前にしたブリーと、そんな彼女が“本当の父親”だと知ってしまったトビー、
葛藤し、反駁し合い、それでも“トランスアメリカ(大陸横断)”を通じて育まれたふたりの絆が、
ラストで導く、ささやかな幸せのカタチとは……?

ウィリアム・H・メイシーの奥さんだなんて今回はじめて知ったけど、
女性になりたい男性という、ただでさえ難しい役どころを女性なのに、
“特殊メイク”で挑んだハフマンの演技は少しの臭みも感じさせずまさに圧倒的な名演で、
これが初脚本・初監督というダンカン・タッカーの演出にはとても人間味があり温かく、
ブリーとトビーの道行きをいつまでも追いかけてたいと思わせる安定感があり好感度は抜群。
チョットだけ辛いこと言うと小ぢんまりと綺麗にまとまりすぎていて、
そこがゴールデン・グローブでもオスカーでも演技賞以外は引っかからず、
『ブロークバック・マウンテン』 に追いつけなかった要因だと思うけど、
それは物語が題材に引きずられないよう細心注意を払った結果とボクは判断したい。
ヘンに盛り上げすぎず、
ウルウルと今にも涙腺が決壊しそうなところを寸止めで切り上げる手際のよさも鮮やかだ。

先日も、最近のゲイの人たちの“ハッテン場(出会いの場)”になっているという夢の島公園で、
裸で歩いていた男性が4人組の高校生に襲われるというニュースがやっていたけど、
こと性に関する偏見は、以前よりもオープンになったとは言えまだまだ根深いのが現実……。

そんな重くて深刻な題材を扱いながらも決してユーモアを忘れずウィットに富みつつ清々しい、
題材を超えて観終わった後にいつになくやさしい気持ちに浸れて、
そして、劇場を出るときには、「いい映画観たな…」と素直に思えるこれは万人向けの秀作だ。

シネスイッチ銀座 にて公開中 ]

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