黒木監督が迷えるボクらに残していってくれたもの、それが… 『紙屋悦子の青春』

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先週、15日の終戦記念日―。
首相参拝の是非云々の前に、
あの朝の靖国神社は、とてもじゃないけど、
戦没者を祀る場所として相応しい環境なんかじゃなかった。
いつもながら呆れるしかないメディアのバカ騒ぎに、
アジテートを繰り返す“一部”の群集、
あんな状態で参拝されて、祀られている人々が本当によろこぶとでも思っているのだろうか?
「オイオイ、もういぃ加減起こさないでくれよ・・・」きっとそう思っているハズだ。
本当に戦没者を悼む気持ちがあるならば、本来、生きている人間は、
是が非でも死者が“安らかに”眠れる場所を守り続けなければならないのだ。
小泉総理も、当の靖国神社も、みんなそれを忘れてないか?
参拝するのが悪なワケはないけど、だからと言って、参拝すりゃいぃってもんじゃない。
それこそ、“心の問題”だ。
メディアを散々に批判して逆説的にメディアを散々と煽り、
その上で、15日に自分が参拝すれば神社がどんな状態になるか充分わかっておきながら、
それでも公約だ信念だと言って参拝を強行する。
あるコメンテーターは、そんな首相を「ヤり逃げだ」と揶揄していたが、
“ヤり逃げ”どころか、ボクにはあの時の首相は“愉快犯”としか思えなかった。
内外問わない批判を覚悟で参拝した首相の固い信念を称える声も多かったようだけど、
時に信念というものは、貫くことよりも曲げることの方が難しいし、勇気がいる。
自分が参拝すれば神社がとんでもない状態になることが予想されるから、
終戦記念日には心のなかで静かに戦没者に対し哀悼の念を捧げる、
そう表明して終えるという判断だってアリだったんじゃないのか。

何度も書くけど、参拝することが決して悪いことだなんて思わない。
だけど、神や仏に祈るということは、何も神社仏閣に行けば成立するというものじゃない……。

そうした、苦い想いの残る結果となった終戦記念日の当日に、
ボクは、1本の映画を観に行った。
今年の4月12日に亡くなった、名匠・黒木和雄監督の遺作にして最後の名作、
『紙屋悦子の青春』。これは、今、ボクたち日本人が、最も大切にしなければならない映画だ。

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 昭和20年・春。東京大空襲で両親を亡くし、
 安忠(小林薫)とその妻・ふさ(本上まなみ)の兄夫婦と暮らす悦子(原田知世)は、
 ある日、安忠から縁談を勧められる。
 相手は、密かに想いを寄せる明石少尉(松岡俊介)の親友、永与少尉(永瀬正敏)。
 当日、緊張のあまりシドロモドロになりながらも、
 真摯な愛情を示そうとする永与に悦子は好感を抱く。
 しかし、数日後、悦子は明石の特攻隊出撃が決まったことを知らされる。
 死を覚悟していた明石は、最愛の人を親友に託そうとしていたのだった……。

とりたてた起伏があるワケでもなければ、ド派手な戦争場面が出てくるワケでもない。
敗戦間際の田舎が舞台というだけの、なんの変哲もない庶民の日常を描いたドラマだ。
それなのに、今作には、命あることの大きな歓びと、ささやかな日々にこそある希望と、
大切な何かを“失う”ことの悲しみが、スクリーンいっぱぃに充ち溢れて、息をしている。
そこに押し付けがましい作家性は微塵もない。
ただ、なんの変哲もない日常、そしてそのなかで大切な人たちとフツーに暮らせることが、
いかに幸せなことで、いかに素晴らしいことなのかというそれだけが、真摯に伝わってくる。
ほのぼのと牧歌的な空気のなかで繰り広げられる、おかしくて切ないドラマの根底には、
国家の大儀だろうが個人の事情だろうが、人の命を無下に奪うものはすべて悪だという、
静かな、しかし熱い熱い怒りがそれこそマグマのように漂っている。その怒りのマグマを、
マグマのまま見せるべきではないという監督のやさしさが、観る者の胸を激しく揺さぶる。

黒木監督、近年の代表作、そして大名作の 『美しい夏 キリシマ』(2002)は、
戦地で友人を亡くしたのは自分のせいだと思い詰めている少年が主人公の映画だけど、
それは黒木監督本人の戦争時の実体験そのものなのだという。
今作のなかでも、年老いた悦子と永与が病院の屋上でかつてを回想するシーンで、
どうしてアイツ(明石)が死んで、自分が生き残ったのだろうと永与がポソッと呟くけれど、
あれは、黒木監督が、亡くした友人に対し生涯抱き続けた感情なのだ。
こんな辛いことがあるだろうか。何も黒木監督や永与に責任があるワケじゃないのに……。
話は飛ぶけど、昨年4月、107名もの犠牲者を出した福知山線の脱線事故でも、
ギリギリ助かったある女性が、自分は助かったというその“重み”に耐えられないと、
涙を堪えながらインタビューに応えている映像を何かの折に目にしたけれど、
きっと、“生かされている”ことの重みを知ることは、人間にとって途轍もない重責なのだろう。
悲しいかな、ボクにはわからない。そして多くの人にとってもそのキッカケのない今の時代は、
果たして本当に幸せなのだろうか。幸せなハズとわかっていても、ついそう考えてしまう……。

生かされている―。その理由を探ることこそが、
きっと黒木監督がこれまで映画を撮り続けてきた、ただひとつの揺るぎない動機なのだ。
ボクらはただ生きているワケではない。何かの理由によって生かされている。
その想いを真摯に胸に秘め、数々の名作(すべては観てないけど)を世に放ってきた監督は、
見事、その天寿を全うした。

“間”をわきまえた主要キャスト5人はいずれも好演中の好演。
品の良い抑えた演技のなかでそれぞれの役柄の秘めたる感情を的確に表現してみせる。
小林薫と本上まなみのまるで夫婦漫才のような夫婦ゲンカや、
永瀬正敏と松岡俊介の漫才そのものといったやりとりは、本当に涙が滲むくらいおかしく、
同い年という設定どころか本上より年下に見える原田知世の可憐さにも驚き。
とくに、本上まなみがこんなにいぃ女優だなんて今まで思いもしなかった。
というより結婚したい、と半ば本気で思ってしまうほど彼女の妻役は白眉だ。

そんな役者たちの好演がしっとりと息づく一瞬一瞬の映像が本当に素晴らしくてたまらない。

黒木監督は、本末転倒の靖国問題に無意味に沸き返る今の日本に、
本当にかけがえのない大切なものを残していってくれたとボクは思う。
今を生きる理由をうまく見出せないボクらが、今こそ観るべき珠玉の名作。観逃すな。

今頃、監督は、61年ぶりに再会したかつての友人と笑いながら“おはぎ”を食べているような、

そんな気がする。

岩波ホール(神保町) にて公開中 ]

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