真剣に“映画の授業”を受けてみたい! 「映画の授業 古典映画篇」

1年間に100本ないし200本、ヘタをしたら300本と映画を観る、
そんな生活を10何年とつづけていてそれでも自分は映画に疎いと、
砂を噛むような思いがするのはやはり“クラシック映画”を観てないから。
極力、古い映画も観るように努めているつもりではあるんだけど、しかし“古い”、
とは言ってもその“古い”の範囲がまた自分じゃ把握し切れないほど広いワケで、
やはり、新作だって観たいし、なかなかそう簡単に追いつけるってモンじゃあない。
「え!? 映画好きのクセに、こんな名作も観てないの?」と指摘されるのが怖くって、
観てないことを口にできない映画が優に1000本以上はあるんじゃないだろうか?

たとえば渋谷のシネマヴェーラで時に特集されるようないわゆる“カルト映画”なんてのは、
言ってみれば“重箱の隅を突付く”的な映画の楽しみ方に適する類なのでまぁよいとしても、
(まぁたとえどんな映画であれ、「観てない」よりは「観ている」に越したことはないんだけど…)
やっぱりクラシックに疎いというのは映画好きとして致命的じゃないかとさえボクは思っている。
年に200本以上映画を観るのにクラシックは知らないなんて、映画好きとしてもう信用問題だ。
世に掃いて捨てるくらい存在する“映画ブログ”でも、古い映画を観てる人と観てない人では、
文章が面白いか否かはまた別の問題として、なんとなく感じる“奥行き”がまったく異なるし、
古い映画についてモリモリ書かれてあるブログを見つけると単純に「負けてるな…」 と凹む。

こうして些末ながら映画ブログを開設していてしかし毎回映画と関係ない話を書き散らすのは、
一つは(あくまで一つ)正直、映画に関する知識の乏しさをどうにかゴマかそうとしているゆえだ。
(まぁブログで“映画評論家気どり”もカッコ悪いよな・・・という素朴な気持もあるからなんだけど)
映画について文章を書くのは苦しい反面やっぱ楽しいし、だからこそこれだけつづけていられる。
だとしたら、映画について文章を書くことがそのまま“仕事”につながったりはしないモンかと―。
きっと映画ブログを“本気で”やってる人ならボクだけじゃなく誰もが考えることだと思うんだけど、
しかし古典も知らずに映画について語るなど・・・という引け目がまたボクをブログに向かわせる。
あ~こんなことならもっと若いウチからクラシックもたくさん観ておくべきだった。後悔先に立たず。

今日び「映画検定」というのがケッコウ人気で、それの一級を取得したら“仕事”が見つかると、
そんな保証があれば映画講座でも映画評論家養成講座でもどんなに高くたって受講するけど、
しかしたまに本屋で検定問題集てのを見つけてペラペラめくってもチットモわからないのが現実。
「は? 何その映画?」「は? 誰その監督?」と開くページすべてがそんな感じでため息が出る。
だいたい最近、観たばかりの映画の監督や主役の俳優の名前でさえすぐ忘れるのに(歳で…)、
脚本家だの撮影監督は誰だのそんなことまで訊かれたって知ってるワケがねぇーっつんだよ!
なんてグチってばかりいても仕方がなく、映画に詳しくなりたきゃとにかく映画を観るほかない。
クラシックに詳しくなりたきゃ、やっぱアテネ・フランセで“映画の授業”を受けるしかないんだ!



そんなワケで、アテネ・フランセで毎春恒例の「映画の授業」が今週来週とやっているんだけど、
映画好きを自称したいなら外しちゃならない(多分)名作が、今回も数多くラインナップされていて、
2本で一日たったの1000円。そりゃもちろん観るだけだけど、この時代にお得と言えばおトクだね。
そしてこれまたもちろんで、観たことはおろかタイトルを聞いたことさえないような映画ばっかりで、
グリフィスの 『国民の創生』(’15)や成瀬の 『夜ごとの夢』(’33)程度しかボクは知らないんだけど、
『国民の創生』 なんて映画がもう偉大すぎて今さらボク如きが何を語っていいのかさえわからない。
ただ映画にこれだけ金をかけて贅が尽せる、その映画をめぐる豊かさみたいなものに驚かされる。
ボクがつい先日観てきたのは、エーリッヒ・フォン・シュトロハイムの、『グリード』(’25)という作品。

宝クジが当たって大金が手元へ転がり込んできたがために狂ってゆく人の心の醜さや哀しさを、
徹底してリアルな人物描写で見せてくれるおよそ無声映画とは思えないほど迫力のある傑作で、
現在公開中のヒット映画、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 に通じる部分もあるような気がボクはした。
シュトロハイムって監督は無声映画でも俳優にセリフを全部喋らせるほどの完璧主義だったらしく、
この映画にしても細部にコダワリすぎて完成当初はなんと9時間半におよぶ超大作だったとか―。
それをなんとか2時間弱にまとめたからか、クライマックスの展開はいきなりな気がしたんだけど、
そんなところもまた 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 に似ているように思えた。とにかく観てよかった。
そして観てよかったと言えば本企画にはないんだけど、このヘンの時代でボクの好きな映画がコレ。

画像

きっとそういう人は多いと思うし、そのセレクトのベタさ加減がまた自分で恥ずかったりなんだけど、
しかしやっぱりクラシックの名作と言われて挙げないワケにはいかない、サイレント期不朽の名作、
コレ観て泣けない人は涙腺がないとしか思えないフランク・ボーゼージの 『第七天国』(’27・写真)!
ド直球、ド真ん中のメロドラマ! “失いたくない”ものを得て生まれて初めて人生が怖いと思う男と、
生まれて初めて得た幸せを強さに変える女との胸を締め付けられるような至高のラブ・ストーリー。
どんなによくできた、どんなにリアルで、どんなに役者のいい恋愛映画をこの先いくら見せられても、
この 『第七天国』 を超えることはないと確信するのはこれがやっぱりサイレント映画だからだ……。
サイレントゆえ絵を受け取った者の中でこそ、人物の声や恋の調べが奏でられるのだから当然だ。

はぁ…想い出しただけでため息が出る。DVDでも出てるので観てない人はゼッタイに観てほしい。
今から80年前に創られた映画がいまだに色褪せないことの奇蹟を人はみんな体験するべきだし、
モノクロのサイレント映画に対するいわゆる“喰わず嫌い”を一気に払拭してくれることウケアイだ。
ボクが棲んでいる、この中野の片隅の風呂なしアパートの陽当たりだけはヤタラといい八畳間が、
“第七天国”と化すのはいつの日なんだろう……(観たらボクが書いてることの意味もわかります)。
ボクが映画に求めてやまない最上級のロマンチシズムは、すでに80年も前に描かれていたのだ。
その奇蹟が映画だしだからこそ映画が好きなら古典も観るべきだとボクは自分を戒めるのである。
“映画の授業”ならいくらだって受けられる。ま、座る席は大学の時と同じ最後列ではあるけれど?

アテネ・フランセ文化センター(水道橋) にて5月31日(土)まで開催 ]

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