暗い日曜日に相応しい大人のフィルム・ノワール…大傑作! 『イースタン・プロミス』

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いわゆる“フィルム・ノワール”とは、フランス語で「暗い映画」という意味……。
それが転じたりなんだりで平たく言えば犯罪映画を広く指す用語で、狭義じゃ、
1940年代から50年代にかけ主にアメリカで創られた犯罪映画を指すらしいけど、
しかしこの“フィルム・ノワール”という言葉の響き。どことなく大人な匂いがしてカッコよくない?
実際の犯罪や人殺しの世界なんか、見るのも巻き込まれるのも関わるのも嫌なハズなのに、
それが映画や小説の中の話になると途端にそういう“暗い”世界が放つ闇の匂いに憧れて、
あまつさえ自分もその世界の住人となり漆黒の暗闇を暗~く低~く泳いでみたいとさえ願う。
暗い映画や犯罪映画に惹かれるのは、やはり自分の人生が平凡でツマラないゆえだろうか。

先日の暗い日曜日―。開通した東京メトロ副都心線にさっそく乗り池袋の映画館まで行ってきた。
山手線に並行しているとかで、首都圏の異常なまでの通勤ラッシュをなんとか緩和させようという、
そんな目的もあるらしいけど、確かにタマに何かの機会で通勤ラッシュ時の電車に乗り合わせると、
そりゃこんな満員電車に毎日毎日揺られてたらアタマもカラダもおかしくなるサ…とホトホト嫌になる。
かく言うボクもかつてサラリーマンだった頃は、ご多分に漏れず毎朝毎朝そんな感じだったんだけど、
その頃は今と違い読書量が半端でなく、どれだけ混んでいても電車じゃ本を読んでいて(やや迷惑)、
またそんな時は今度はフィルム・ノワールじゃなくてノワール小説、つまり犯罪小説を読み耽っては、
ヒリヒリする心の奥、しがないサラリーマンでしかありえない己の身の上を、慰めていたっケな……。

その後、サラリーマンを辞めて貯めていた金でいろんな外国を旅して廻ることになるんだけれど、
ボクはイギリスは行かなかったしだからロンドンがどんな街かも知ることはなかったが、それでも、
タイのバンコクだとか、ベトナムのホーチミン、またはアジアだけじゃなく東ヨーロッパの国々の街、
プラハやワルシャワ、いまだ共産時代の名残りを漂わすそんな街並みを、夜、1人で歩いていると、
まるで自分がかつて憧れたフィルム・ノワールの登場人物となったような気に束の間浸れたモノで、
そりゃ外見はヘボい東洋人だが、己が“夜の似合う男”であるようなそんな気がしたモンだった―。
とにかく、そんなだから、今でもフィルム・ノワールという響きにはコト映画心をくすぐられるんだけど、
そんな中、久々にその言葉が醸す芳醇な薫りを存分に嗅がせてくれるフィルム・ノワールが現れた!

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 ロンドンの病院で産婦人科医をしているアンナ(ナオミ・ワッツ)の元へ、
 ロシア人の少女が運び込まれる。しかし出産直後に少女は命を落とし、
 日記と赤ん坊が残された―。そこに書かれた内容に危険を感じながらも、
 赤ん坊の家族を捜し出そうとするアンナ。彼女はあるロシアン・レストランにたどり着き、
 ロシアン・マフィアに運転手として雇われている謎の男、ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)に出逢う……。

大傑作 『ヒストリー・オブ・バイオレンス』 で見事復活した(その前の 『スパイダー』 も好きだけど)、
デヴィッド・クローネンバーグ監督が前作につづきヴィゴ・モーテンセンを主演に迎えて贈る話題作、
『イースタン・プロミス』 は、ロンドンの暗黒街を根城にし、人身売買を取り仕切るロシアン・マフィア、
その漆黒の掟の中に生きる男と図らずしもその闇に足を踏み入れてしまった女との出逢いを綴った、
もうド直球としか言いようのない珠玉のフィルム・ノワール! とにかくカッコいい!震えるほど面白い!
本物の夜の闇を活かして陰影の濃い、すべてのシーンに深みと奥行きを感じさせる素晴らしい映像。
人物のしぐさで、表情で、目で、間で、陰の深いノワール調ドラマ、男と女のドラマを紡ぎ出しそして、
街角に潜む影やフとした物音を捉え活かすことでこの世界の暗部を画面に描き出す格調高い演出。
各キャラクターの内面の内面にまで同化して生きることの哀感こそを顔に滲ませる一級の演技陣に、
それらを包み込み、時にクールに時にエモーション全開に響くハワード・ショアの心震えるスコア……。

人身売買という、聞くだに胃の軋むような、この世界に確実に存在する闇たる題材を扱う作品ながら、
しかし何度でも観たい…物語が終わってほしくないと願わずにいられないほど極上の映画的酩酊感。
『ヒストリー~』 と同様、画面的にカッコよくというより超リアルに感じる暴力シーンで一気に惹き込み、
クローネンバーグ監督は緩急自在に緊張の糸を操りながら観る者の目を片時も捕えて離さない……。
悪がのさばり、弱き者が徹底して踏み躙られる救い難い弱肉強食のこの世の無常の理を描きながら、
しかし彼はその悪たる世界にさえ人間の弱さや哀しさを滲ませて、これまた 『ヒストリー~』 と同様に、
漆黒の闇の中からひと筋の光を導き出し、それは前作より明確に澱んだ世界の一隅を輝かせる……。
モーテンセンが主演ゆえに前作と比較されがちだけど、その研ぎ澄まされた作家的筆致は前作以上。
結末に向けられた犯罪サスペンスとしての展開の妙で観客を安易に納得させようとするのじゃなしに、
あくまでひと筋縄ではいかない人の心の襞を描いたドラマで今に活きるノワール世界を現出させる―。

とにかく評判通りヴィゴ・モーテンセンが何度激賞しても足りないくらい素晴らしく、サイコーに男前!
それはもう同じ性別だとは思いたくないぐらい見つめられたらオシッコ漏れそうなほどのカッコよさで、
自分を殺し、マフィアの非常な掟の中でギリギリ生きる人間の哀感を重量級の芝居で演じてみせる。
サウナ室での格闘シーンも彼だからこそより“絵”になるし、息をグッと呑むほどの緊張感も相まって、
クライマックスの見事な要の一つとなっている。さすが本物の男は付いてるモノが違います! 兄貴!
またモーテンセンのみならず、その相棒を演じるヴァンサン・カッセルもまるで本物としか見えないし、
見た目は紳氏、でも中身はド鬼畜という、ボス役を演じたアーミン・ミューラー=スタールもよければ、
なによりノワールと言えば肝心なのは“ファム・ファタール(運命の女)”で本作では微妙に違うけれど、
ナオミ・ワッツもまた演じるアンナの女の影の部分をしとやかに表現して画面にしっとりした艶を出す。
知る人ゾ知る名作 『出発』 の伝説的ポーランド人監督イエジー・スコリモフスキの存在感も忘れ難い。

とにかく!
熟成されたノワールの薫り高き味わいとコクのある上質な映画的酩酊感にシビレっ放しの大傑作!
それはまるで芳醇なワインのような…と言ってボクは糖質0の発泡酒か安い焼酎しか呑まないけど、
“暗い日曜日”に孤独な男が観るにピッタリな芯から酔える大人の映画! 平日でいいから観て来い!
昔からクローネンバーグは大好きだけどここへ来て絶好調の間違いなく2008年ベストの1本!(また?)
今後もこのテイストでガンガン撮ってボクらをシビレさせてほしい! やっぱりクローネンバーグいいワ~!

シャンテ・シネ(日比谷)、シネ・リーブル池袋 にて公開中 ]