実話を題材に、“人の心”を描いた静かなる名作… 『告発のとき』

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映画の深く重い余韻に浸りながら、劇場内が明転しても席に座ったまま、
その日、名古屋から遥々来るお師匠と久々、新宿で呑む約束をしていて、
ボクの方が先に着ていると思ったからその旨を告げるメールを送った……。
すぐに着信があり、すると師匠もすでに新宿で時間を潰していたという話で、
アルタの横の銀行前で落ち合うことを決めボクはようやく席を立ったのだった。
近くなくなるコマ劇場前の映画館を出て、“一番街”を通って向かったんだけど、
「そう言えば、判決出てたよな…」と火災のあったビルの跡地を横目に見ながら、
しかし映画に感化されて、というのもあざといなと、心で手を合わせ足早に過ぎた。

今回、判決を受けた人々にしてみれば、悪運に見舞われた自分たちだって被害者だ、
ぐらいの考えだろう。真犯人は見つからず、残された遺族の人たちの想いは報われず、
しかしボクを含め、誰がそんなことを気に留めることもなく、歌舞伎町は今宵も賑やかだ。
ある日突然、理不尽な理由で愛する者を奪われた人の悲しみなど到底想像もつかない。
生きていれば楽しいことより苦しいことの方が大半で、ままならない想いなど誰とて一緒。
だけど振り返れば今のところ36年、いい親や兄弟に恵まれ、たくさんの友だちにも恵まれ、
なかなか良縁はなくとも(いろんな意味で)男冥利に尽きる夜をいくらも過ごした経験はあり、
たとえこの先不安でも、現状食うに困らない仕事もあって皮肉じゃなくなんと自分は幸せか。

辛いことも苦しいことも悲しいことも大なり小なり相応にあったし、これからだってあるだろうし、
腹の立つヤツ、腹の立つことは毎日あれど、しかし人生や社会を怨む理由までボクにはない。
毎日映画を観て、そしてこうした映画に感動できるのも、平穏な人生だからこその話であって、
理不尽な悲しみに襲われ日々を過ごしている人にしてみればそれは遥かな幸せに違いない。
とは言え、生きてゆくのは誰だって辛い。辛さ苦しさのあまり人の痛みに気づけない夜もあり、
「自分だけが辛い」「自分だけが苦しい」という想いは時に無差別な悪意に転じる場合もある。
しかし、人は1人じゃないし、だから生きてゆく限り、人は苦しみを乗り越えなければならない。
そして乗り越えるには、たとえどんなに辛くても、眼前の“真実を受け止める”よりほかにない。

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 2004年11月。引退した軍人警官のハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)の元に、
 イラク戦争から帰還した息子のマイク(ジョナサン・タッカー)が姿を消したという知らせが届く。
 消息を探るため現地に赴いた彼に地元の女刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)が協力する。

引退して何年経った今も生活の端々に厳しい規律に則っていた軍時代の名残りが出るくらい、
祖国を愛する典型的な軍人である自分の元で育った息子に限り無許可離隊などありえないと、
そう頑なに信じて捜索を続けるハンクだったが、仲間の兵士らも行方を知らないと口を揃える中、
付近で焼死体が発見され、解剖の結果、それが変わり果てたマイクの姿であることが判明する。
なぜイラクで任務を全うしたハズの息子が死ななければ、殺されなければならなかったのか…?
遺品である携帯電話に残された映像はイラクで息子に何が起こったことを告げるものなのか…?
協力を得ながらも時に荒っぽい手法でエミリーと衝突しながらやがてハンクがたどり着いたのは、
戦場という苛酷な状況下で心を歪められてしまった、父親のついゾ知らない息子の姿だった……。

『クラッシュ』 で見事にオスカーを受賞した、ポール・ハギス監督待望の最新作 『告発のとき』―。
映画は、不審な死を遂げたイラク帰還兵の息子の死の真相を探る軍人上がりの父親を主人公に、
緊張感満点のサスペンスのような体で観る者をグイグイと引っ張りながら、思慮深く繊細な演出と、
実力重視の鉄壁のキャストで、“戦争”という、大義の元に国が仕掛ける暴力行為を痛烈に批判し、
と同時に悲劇の際に求められるべき正義の所在と取り巻く“人の心”とをじっくり丹念に見せてゆく。
イラク戦争でまだ意気が揚がっていた2003年のアメリカで実際に起きた事件が題材というだけあり、
具体的には反戦映画のようだけど、しかし本作が描くのは、今や暴力に充ち人の心が歪み切った、
この末期的現代社会であり病んだ時代に生きるすべての人が今こそ観るべき静かなる名作……。

とにかく、息子を理不尽に亡くした悲しみと息子を理解していなかった父親としての自分への憤り、
二つの感情の間でヒリヒリとしながら、息子を信じ、祖国を信じ、そして正義を信じて寡黙に行動し、
やがて想いもしなかった息子の真実の姿を受け止め、眼前の現実を静かに受け入れる父親の姿を、
名優トミー・リー・ジョーンズが大好演。シャーリーズ・セロンもスーザン・サランドンもまた素晴らしく、
そんな彼らの生きる現実を切り取る、ロジャー・ディーキンズの美しく色褪せた映像が切なく沁みる。
イーストウッド演出を参考にしているのは顕著ながらハギス監督の誠実な作家性は作品を包んで、
『ノーカントリー』、『クラッシュ』 のテーマをも内包しながらしかしいずれ以上に本作こそオスカー級。
今年初頭の佳作 『勇者たちの戦場』 も併せて襟を正して必見の1本。ぜひ!観てほしい映画だ―。





映画に震え、お師匠と大いに語り笑い次の機会を約束して別れ、だけどいつにない昂揚が、
その日は足を街に踏み止まらせるので、一旦家路に着いたものの踵を返すとボクは久々に、
妖しげなネオンを求めて再び街の中心へと1人吸い込まれていった……(お師匠スンマセン)。
ブラリと入った今や歌舞伎町じゃ珍しい“ハコ型”の店にて写真を選び、手に汗握るドキドキと、
吉凶どちらに出るかわからない“一期一会”にワクワクしているボクの前にやがて現れたのは、
写真と同じく大きな目をしてまだあどけなさの残る、しかし花札のようなタトゥーを体にあしらい、
ただのヒッカキ傷とは明らかに違う“傷痕”をアチコチに作った、今年で21歳という娘さんだった。

たかが一見の客に理由など訊かれたくもなかろうし、見て見ぬフリをしながらコトが始まれば、
しかしこれが「はぁ~若いのに大した腕前だ」と任務を全うせんとするその心意気に“吉”だと。
なんとなく興が乗ってきたあたりで「プラス1万で…しない?」と耳元で囁かれびっくりしたけど、
肌を合わせてイキってはいても、コチトラそんなゲスじゃねぇやと大人なので(?)丁重に断った。
体は張っても心は大事にと進言したい気持もあったがそれこそテメェを棚上げしたヤボなので、
代わりに母親の年齢を訊いたれば彼女と母親のちょうど真ん中がボクで何やってんだ俺……。
人生イロイロ、男もイロイロ、女もイロイロ。また勉強したなァ~とだけど帰りは一番街を避けた。



人は平気で他人の心を、そして時には自分の心を傷つける。人生傷つけられたこともあれば、
当然、傷つけたことも(きっと無数に)あり、それはこれからもあるだろうし、死ぬまで同じだろう。
これまでの36年は幸せに来れたけど、これから先も幸せとは限らない。とくにこんな世相では。
だけど、人はどんなことがあっても、生きてゆく限りはそれを乗り越えなければならないと思う。
そう思うし、そして思えるのは、きっと自分に信じられる親や、信じられる友だちがいるからだ。
そう思える限りは、どんなに心を傷つけられることがあっても人を信じられるような気がするし、
時に社会に腹を立て、アジることがあったとしても親がくれたこの人生まで憎むつもりはない。

生きてゆくとは、きっとその繰り返しだ。



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