胡蝶の夢さ、愛情表現! 『コッポラの胡蝶の夢』

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70歳と言えば古希(こき)。自分が70歳になった時のことなんて想像もつかないけど、
しかし現在36歳だから倍にすれば72で、とするとそんな極端に先の話とも思えない。
多分今以上に偏屈な性格のじじぃと化していることは間違いないような気もするけど、
相変わらず一人で映画でも観ているのか、それとも人の親になってたりでもするのか、
それまで生きているかどーかはともかく、いずれにせよチ○コもとっくに勃たなくなって、
少しは煩悩から解放され、穏やかに人生の黄昏時を過ごしていればいいな…とは思う。
わずかでも年金はちゃんともらっているのかとかそんなこと考え出したらキリがないけど、
ま、いい感じに力も抜けてテキトーな年寄りになっているというのがイチバンの理想かな?

お袋がこの夏で70歳になって、だから70歳が古希ということを最近になり知ったんだけど、
こないだの盆休みで里帰りしてる間にちょうど誕生日を迎えたということで、お袋に誘われ、
東京へと戻るその直前に2人して名古屋の繁華街まで出て寿司を食べに行った。廻る方ね。
費用はお袋持ち。36にして母親に廻る寿司さえ奢ってやれないボクはリアルに情けない男だ。
しかしお袋はいまだにボクに対し、親父で苦労をさせたことを引け目に感じているところがあり、
そんな話もポツポツしていたんだが、一方のボクと言えば別に自分が苦労したとは思ってない。
ソコソコに楽しい人生だし、金もなく将来性も稀薄だけど一生懸命育ててくれたとわかっている。
「オカンの息子でよかったサ」と、放蕩次男からのせめてもの祝いと思ってよろこばせておいた。

旦那には散々泣かされたけどその代わり2人の息子には恵まれたとお袋もそう言っていたし、
まぁ、いい古希の祝いになったんじゃないか?(自己満足) タマにはこういう話も書かないとネ。
…とは言え、もう二度と人間には生まれたくないとお袋は昔からよく口にしているくらいなので、
今さら若返ってやり直してみたいことなど別にないと思うんだけど、ひるがえってボクの場合も、
これまた昔から理想の人生像なんてなかったし、やりたいこととか夢というのもとくにはなくて、
だからいつかじじぃになっても若返りたいとか人生やり直したいとか思わない気がするんだが、
何か思うとすれば、あ~もっと若い時分に遊んでおくんじゃった…とかそれくらいじゃないかと?
というより、もっと若い頃に遊んでおけばよかったとは今現在思っていることで歳とか関係ない。

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 1938年、戦雲近づくルーマニア。人生の終わりに近づいた言語学者ドミニク(ティム・ロス)は、
 かつて愛した女性ラウラ(アレクサンドラ・マリア・ララ)を忘れられず、孤独な人生を送っていた。
 彼は自分のことを誰も知らない場所で自殺するつもりでいたが、ある復活祭の晩に雷に打たれ、
 病院に搬送される。ところが彼は即死同然の全身火傷を負いながら、奇蹟的に一命をとりとめ、
 それどころか主治医のスタンチュレスク教授(ブルーノ・ガンツ)が驚くほどの回復力を発揮して、
 30~40代にしか見えないほどの肉体へと若返り、同時に驚異的な知的能力を獲得する……。

言わずと知れた、『ゴッドファーザー』 3部作や 『地獄の黙示録』 など映画史に輝く作品を誇り、
これが実に10年ぶりとなるフランシス・フォード・コッポラ監督最新作 『コッポラの胡蝶の夢』 は、
第二次大戦が近づく東欧ルーマニアを舞台に、ある日、即死して当然の落雷を体に受けながら、
一命をとりとめ、どころか若返って超常的な能力を得てしまった1人の言語学者の運命を描いた、
めくるめく映像もまるで絵画のように美しいヨーロッパ映画みたいな肌触りの幻想的な一篇……。
それで冒頭ボクも感化されて今考えても詮ないことをツラツラと綴ってみたというワケなんだけど、
正直、ヨーロッパ映画というだけあってその印象はアンニュイと気怠く、時に眠気を誘いながらも、
作品は監督の“願望”をそのまま託したようなパーソナルな仕上がりになっており実に興味深い。

そしてその願望が何かと言えばそれはつまり“若返りたい”ということじゃないかと思うんだけど、
それも映画作家としてこれまで壮絶な人生を歩んできたに違いないコッポラゆえなんだと思う―。
たとえばジョージ・A・ロメロとか、最近の 『この自由な世界で』 のケン・ローチなんかの場合だと、
同じく齢70歳を過ぎていよいよ社会に対する視線が厳しくなってきているという感じがするんだが、
本作を観る限り、それがコッポラの場合は、過ぎ去りし日々に対する悔恨や郷愁の情に包まれて、
人生やり直せるなら今一度何かを突き詰めてみたいとか、若い女を心身とも満足させられるような、
強靭な肉体(きっと若い頃のコッポラ自身のような)を再び手にしたいと考える、ということなのかと?
それぐらいの年齢になったら人間は、思考が外に向くか内に向くかのいずれなのかもしれないね。

コッポラなんて、一般的には映画界に多大な功績を残す偉大な映画作家ということになっていて、
フィルモグラフィーを見たら充分すぎるぐらい華麗な作家歴及び人生遍歴じゃないかと思うんだが、
本人にしてみればそれでも満足し切れずにいろいろと思い悩むことの多い人生なのかもしれない。
そんな彼の言わば欲深さが、もしかすると本作に漂う物哀しさの原因であるような気がボクはした。
メジャーな娯楽大作からパーソナルな作家映画まで器用にこなしてまさに今が旬のティム・ロスは、
本作でも過不足なく存在感を発揮して絶好調。コッポラが彼をキャスティングした気持も理解できる。
そして、ヒロインに扮したアレクサンドラ・マリア・ララは、さすがにルーマニア出身というだけあって、
それはもう東欧出身だからとしか言いようのない独特の色香を放ってウットリ見惚れさせてくれる。

あ~あ、やっぱルーマニアにも行っとけばよかったなぁ~。本当に、人生は後悔ばかりだ(ソコ?)。
ハッキリ言って、そんなに面白い映画とは思えなかったんだけど、今後、コッポラがどうなるのか?
その方向性が非常に気になる映画じゃあった。どーせなら老執炸裂のヘンな映画を撮ってほしい。
ところで本作、オープニングのタイトル・バックも何かクラシック映画みたいな華やかな雰囲気なら、
エンドロールもいっさいなくて意表を突かれたんだけど、あれって最初からそういう意図なのかな?
まぁどっちでもいいけど、今回の記事タイトルがレピッシュと気づいた人が何人いるかは不明だが、
もしも本作に日本版エンディングをつけるとするなら、やっぱり陽水の「人生が二度あれば」かなと。
人生が二度あれば、か……。あるとしたらやっぱルーマニア行きたいな(行ってくりゃいいじゃん!)。

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