冷酒と親父の小言は後で効く、イーストウッドの映画はいつまでも効く! 『グラン・トリノ』

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先日、料金が安くて古い名画も多く観られることからワリに“シルバー率”が高い某映画館へ行った時の話で、
その回はケッコウ人が多くボクの前にもまだまだ元気そうなじいさんが座っていたんだが、そしたらそのじじぃ、
あろうことか上映中に何度も何度もケータイをつけやがる。マナー無視の輩も多いシネコンだったらイザ知らず、
そこはほんと~に映画が好きな人しか来ないような、よい劇場だ。ここはやっぱり、真後ろに座っているボクが、
毅然とひと言注意すべきだろうと、じじぃが3回目(!)にケータイを開いた瞬間にスゥーッと前の席へと近づいて、
耳を舐めそうな勢いで思いっきり耳元で低く注意したら、それはボクの注意の仕方もマズだったかもしれんけど、
じじぃ、「時間見ただけだろ」なんて言い返してきやがるからもうアッタマにきて、時間なんか気にしなくたってな、
オマエの時間はもうとっくに残りわずかなんだヨ!と、言い返してやろうかと思ったんだけどもちろん胸に留めた。

よもや言い返してくるとは思わなかったから、注意したボクの方が周りに迷惑かけたような感じだったんだけど、
ったくどーなってんだ日本の年寄りは!? 逆だろフツー? まるでボクの方が鬱陶しいお節介じじぃじゃんか!(怒)
イーストウッドの爪の垢煎じて、死ぬまで朝晩呑め!とそれも言ってやりたかった。…まぁそんなことはともかく、
ボクにはもう祖父はおらず、父方についてはもう親父が14歳の時に戦死したらしくて元からいなかったんだけど、
88まで生きた母方のじいちゃんは、そりゃもうすごく真面目で、すごく実直で、そして途轍もなく頑固な人だった。
子供の頃から、逢いに行くたび、何かにつけちゃ怒られていた記憶があり、20代の時に脱サラしてしばらくの間、
といっても2ヵ月程度だったんだけどじいちゃん・ばあちゃんの家へ身を寄せていた時には、世話になっておいて、
横着していたボクにほとんど非があったものの、生活が合わずしょっちゅう怒られそして何度もケンカをした……。

アテがわれた2階の部屋に本棚を作れば本が重くて家が軋むと怒られ風呂に入りゃシャンプーが臭いと怒られ、
稼ぎたくて夜勤のバイトをしていたから昼に寝るんだけど、夏で暑くてもクーラーをつけさせてもらえず、仕方なく、
扇風機を廻し汗をカキカキ寝ていれば風に当たりながら寝たら体に悪いと怒られとにかく毎日毎日そんな感じで、
キッカケはなんだったか忘れたが1回大ゲンカして、以来、家出ではないけどなるべく家には帰らないようにした。
ただまァ、クソじじぃと何度か心で毒づいたりはしたものの基本的には優しく酒もタバコもやらない真面目な人で、
映画の主人公みたく花壇いじりや、旋盤工だったから家の修繕などはとにかく自分でやりボクもよく手伝わされ、
戦時中は満州へ物資を運ぶという部隊に配属されていたらしいので人を殺したりとかはなかったようなんだけど、
「じいちゃんはな、本当は上海へ行きたかった」とニコニコ悲愴な感じもなく話してくれたことを今もよく憶えている。

その2ヵ月でよく言い争いもしたけれど、ボクが海外独り旅に出るという時には今まで何もなかったような笑顔で、
「気ぃつけて行けよ!」と快く送り出してくれて、そしてそんなじいちゃんは2度目の長旅をしている時に他界した。
ある日、気分が悪いとうずくまってすぐに意識を失い、とくに苦しむこともなくその半日後には天に召されるという、
実直な人間に与えられるべき、実に見事な逝き方だった。臨終時間に、兄貴の娘が夜泣きするなどあったらしく、
アンタにも、何か“虫の知らせ”なかった?と帰国してからお袋に訊かれたんだけど、じいちゃんが死んだその頃、
ボクはラトビアを旅しており、上海に行きたかったじいちゃんは、残念ながらラトビアの場所は知らなかったようだ。
今思えば、もっと戦争中の話とか家の修繕の仕方を聞いておけばよかったな…と、だけどボクは今も夏になって、
どんなに暑くとも、なるべく冷房の風だけは体に当てないようにして寝ている。映画を観て、チョット想い出した話。



今年ベストの傑作 『チェンジリング』 の震えるような感動もまだまだ記憶に新しいクリント・イーストウッド最新作、
『ミリオンダラー・ベイビー』 以来4年ぶり、そして、“俳優として”はこれで最後と語っている久々の監督&主演作、
『グラン・トリノ』 は、男の生き様が熱く静かに胸を打つ、もう本当に素晴らしいとしか言葉が出ない最高の1本だ。
彼が今回演じるのは、妻に先立たれた、かつてフォードの組立工だった一人暮らしの老人ウォルト。“人嫌い”で、
息子やその家族らとも仲の悪い彼は、アメリカの車産業が頂点だった頃の象徴である“’72年型グラン・トリノ”を、
ピカピカにすることと、愛犬の世話、そして手入れの行き届いた庭を眺め眺めビールを呑むのだけが楽しみという、
本当に孤独な男だった……。そんな彼の街は移民が多く、隣に住むのは東南アジア系のモン族出身という家族。
ドが付く差別主義者の彼は当然、彼らのことも“ネズミ”と言って嫌い、眉間のシワはいよいよ深くなってゆく一方。

ところがある晩、同じアジア系の不良たちに勧誘されている隣の少年タオがグラン・トリノを盗もうとしたことから、
2人に奇妙な縁ができ、そしてウォルトと同様皮肉に長けたその姉スーをあるキッカケにより気に入ったことから、
やがてウォルトにとっては、いくじなしのタオを一人前の男に鍛え上げることが人生ラストの生き甲斐になり始め、
また学校にも行かず仕事もせず手本になる父親もいないタオも、仕事を通しウォルトから様々なことを学んでゆく。
しかし、彼らの関係が順調に廻り出した矢先、再び不良たちがタオへの嫌がらせを始め、さらにはタオを守ろうと、
ウォルトの起こした行動が最悪の事態を招いて、悩んだ末に彼は、ケジメをつけるべくある決断をすることに……。
老けたな…とあらためて思いながらもカッコいいイーストウッドのキャリア中、本作が最高のヒットを記録したのは、
偶然じゃなく彼がシワの1本1本、ため息の1回1回に哀愁を滲ませ体現するのがまさしく“アメリカ”って国だから。

冒頭からしばらくのウォルトは本当に“人嫌い”といった感じで、その目は常に誰かを疑い口を利けば人を傷付け、
「あ~いるいる、こういうじじぃ…」という印象だし、その極端に保守的で神経質な感じは、実にアメリカ人ぽくあり、
だけど、タオやスーやそしてその家族らと関わるようになってからは“身内よりマシ”と少しずつだが心を開き始め、
するとそれまでは嫌味にしか聞こえなかった彼の皮肉が、今度はウィットに富んだ痛快なジョークに聞こえてくる。
アメリカ人の疑い深くてムカつくところも、ジョーク好きで憎めないところも、ウォルトという人物は等しく持っている。
ウォルトとタオ&スーのやりとりは実にユーモア満載で面白く、まるで活劇のようなテンポにグイグイと惹き込まれ、
とにかくセリフ一つ一つのカッコよさ、イーストウッドの渋さと相まって、映画は同じ人間、歓びや怒りをぶつけ合う、
要はそうした生身と生身のガチな付き合いの中にこそ人が変わるキッカケがあるということを教えてくれて感動的。

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そしてウォルトには朝鮮戦争で何人もの人間を殺したという罪の意識がずっと胸の中にあって、そのトラウマが、
最初はタオらを遠ざけながらもやがて受けれてゆくという部分やラストの決断にもつながってゆくと思うんだけど、
若い神父に奥さんの遺言だからと“懺悔”を勧められても「オマエなんかに“生や死”の何がわかる」と撥ね付け、
しかし自ら死を選ぶこともできず苦しんできた彼の思いがそのシワに刻まれていることを知りグッと胸は熱くなる。
劇中に出てくるワケではないんだけど、先立ったウォルトの奥さんが、どれだけ夫を遺して自分が先に逝くことを、
気に病みながら神父に遺言を託していったのか…という部分が想像されてそうするとウォルトの孤独も切ないし、
彼が女の子を口説けないタオに向かい奥さんのことをこの世で最高の女だったと言うシーンが出てくるんだけど、
しかし彼は奥さんにそんな気の利いたセリフを言ったことは一度もなく、それも悔やんでいたんじゃないだろうか?

ポーランド移民としてアメリカにやって来てひと旗揚げたのはいいものの戦争で人を殺したというトラウマも抱え、
家庭も自分の城も持ったけど人付き合いがわからず結果息子たちと疎遠になったというウォルトの中の矛盾は、
まさにアメリカという国が抱える矛盾そのもののように思える……。ボクはアメリカには往った経験はないけども、
普段ボクらが見聞きしているアメリカとはあくまで東海岸とか西海岸であり、この映画の中で描かれているのが、
本当のアメリカの姿なんだと思うし、本当にアメリカの現代史を底辺で支えてきた人々に対し敬意を込めながら、
しかしその底辺からこそアメリカは変わるべきなんだ、変わるべき時がきたのだという、これは半世紀をかけて、
映画史を駆け抜けてきたイーストウッドの、アメリカに対するラブレターであり、メッセージなんじゃないだろうか?
自らの贖罪を込め、そしてタオの未来を心から願って下したウォルトの最後の決断とは…? 震えるようなラスト。

『ミルク』 といいこの 『グラン・トリノ』 といい、なんだかアメリカがモノすごく素晴らしい国のように感じられてきた。
別に高尚な映画でもなければましてや人に上から説教するような高圧的な映画でもない。ただ魅力的な物語を、
観客が魅力的に感じるよう(今まで通りに)創っているだけという、主題歌もあまりに心に沁みる圧倒的名作……。
映画などDVDで観るものと思ってるような今日びの人間には単に老人が主人公なだけの地味な映画かもしれん、
しかし、ボクは本作を豊島園のシネコンで観たんだけど、クライマックスでは、場内は水を打ったように静まり返り、
エンドロールが流れ終わって、場内が明るくまで、誰1人、ケータイをつける者も、席を立つ者さえいなかった……。
たとえ平日で人が少なかったとはいえ、長い映画観人生の中でこうした経験は初めてだ。こんな集大成を見せて、
これ以上、彼はどんな映画を創るつもりなんだ? とにかく、これこそ大人の映画、これが最高の映画というものだ。

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