九月になると想い出すアジアの風 『九月に降る風』&「シンガポール映画祭」

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映画の原題である“九降風”(読み方不明)とは台湾北西部の町・新竹に9月になると吹く季節風の名称らしく、
もちろんそんなことはこの映画を観るまで知らなかったんだけど、しかし今から何年も前の9月いっぱいをかけ、
ボクは台湾を旅したのでいまだ9月になるとその時のことを想い出し、時折り、おセンチな風に吹かれたりする。
つい先日も、今勤めている職場に台湾人の若い、そして、非常に感じのよいカップルが訪ねて来たモンだから、
あ~そういやあん時、俺を車に乗せてくれたのも感じのよいカップルだったよな…と旅での一コマを想い出した。
台北からバスで1、2時間のところに基隆(きーるん)という港町があり、さらにそこからバスで数10分くらい往くと、
金山という町があってそこに金宝山墓園というそれはデカい霊園があるんだけど、その霊園の一等いい場所に、
テレサ・テンの墓があるモンだから、実は彼女の歌が好きなボクはお墓参りへと出かけた。それはその時の話。

霊園は町を一望できる山の上にあり、バスはないから町に着くやタクシーで向かうというのがフツーなんだけど、
なにせバックパッカー旅行だったので、そのタクシー代をケチろうと歩いて登ったらこれがしんどいのなんのって。
まぁ登れば1時間の山とはいえ、車道として舗装されている道だから傾斜がケッコウ、キツかったんだよね確か。
だけど、ゼーゼー喘ぎながら登った甲斐あって山頂からの眺めは素晴らしく霊園自体すごくのどかなモンだから、
ボクはテレサの墓園に入るや、感知装置が作動して流れてきた彼女の曲を聴きながら、山歩きの疲れを癒した。
するとそこへ現れたのが件のカップル。「テレサ、好きですか?」と、女の子がいきなり日本語で話しかけてきて、
見ると可愛く瞬間色めき立ったんだけどすぐ後方で男の子がニコニコ笑っていたのでなァ~んだとすぐにガッカリ。
「えぇ、好きです」と応えると当然2人もお墓参りに来たということでお互いにテレサの像と並ぶ写真を撮り合った。

その彼女、蔡さんは大阪に半年ほど留学した経験がありそれで多少日本語が話せるというワケだったんだけど、
まぁカップルだし、ボクに予定はないが2人はこれから食事へ行くということで「サヨナラ」とすぐ墓園を立ち去って、
「いいな、いいな」と心の中で指をくわえながらボクはいかにも仲睦まじそうな彼らの後ろ姿をアテもなく見送った。
で、すっかり癒され疲れもとれたし、ソロソロ陽が暮れ出す頃だったから俺も帰るかとテレサに別れの挨拶をして、
もちろん帰りもタクシーなど拾わず歩いて山を降り始めたんだけど、さすがにチョット足が痛いな…と思っていたら、
ボクの横をたった今通り過ぎた車が急に止まり「?」と訝しめば助手席から顔を出したのはなんとさっきの蔡さん!
「歩いて降りますか!?」と訊くので、「はい」と応えると彼女はびっくりし、「どうゾ乗ってください」と元のバス停まで、
2人はボクを送っていってくれたのだ。ワ~イと心で手を挙げ遠慮なく車に乗るとカレシくんが笑顔で迎えてくれた。

中で話を聞くと、ヨロヨロ歩いているボクの横を1回通り過ぎたんだけど、どこで道がそうなっていたのかもう1周し、
それでもまだ歩いていたらその時はボクを車に乗せようということだったらしい。なんとまァ優しい人たちなのかと、
自分がこれからアジア各国を旅する予定でいることや彼女が美容師をしていることなどを話しながら送ってもらい、
バス停であらためて2人の写真を撮らせてもらってそれで今度こそ本当にサヨナラした。写真は、帰国後に送った。
テレサ様々の縁だよなぁ…と、台湾でまた一つ増えた想い出を肴にその夜の酒が旨かったことは言うまでもない。
というワケで、ホウ・シャオシェンや、エドワード・ヤンや、ツァイ・ミンリャンの映画に憧れて1ヵ月も旅をした台湾は、
ボクにとって実に想い出深い国の一つだし、だからこの映画を観てあ~新竹にも足を伸ばしとけばよかったな~と、
南の高雄から逆Sの字を描くように台北に往くという旅程だったため新竹を外したことを今になり悔んだという始末。



2008年に台湾で大ヒットし多くの賞も獲るなど昨年の台湾映画を代表する1本になったこの 『九月に降る風』 は、
1996年夏の新竹を舞台に、9人の高校生(男7女2)の、ありふれた恋と友情の日々を描いた青春映画なんだけど、
よくできたストーリーといい普遍的な青春の機微の繊細な描き方といい美しい映像といい本当にいい映画だった!
前半で活写される、野球を観ながら騒いだり学校の屋上で弁当を食べたり、夜中のプールで裸で泳いだりという、
そんな男子高校生7人のおバカな青春模様は、時代や国籍を超え誰にも記憶のあるあの頃の気持を想い出させ、
ボク自身は、夜遊びなどまるでしない、家で本や音楽に没頭しているのが好きな内向型の高校生だったんだけど、
人生一度の季節を過ごしていたのはボクとて一緒だったハズで、だから映画を観ながら胸はキュンとし通しだった。
この監督の故郷らしいんだけど、新竹という地方都市特有のやわらかな風情が映画の絶妙な風合いとなっている。

中盤でメインの男子2人の間にフとしたことから溝ができて、それから少しずつ彼らの関係も変化してゆくんだけど、
それとて映画は過剰には描かず、些細なことで人間関係に苦慮していた、あの頃の繊細こそを想い出せてくれる。
とにかくホレ泣けホレ笑えといった仰々しい描写やセリフが一つもなく映像にドラマを語らせる演出がとても秀逸で、
方々で言われているようだけど、ボクは本作に、エドワード・ヤンの映画とかなり近い作家的質感を覚えてしまった。
『クーリンチェ少年殺人事件』 『カップルズ』 と同じ映画的衝撃と言っても決して言いすぎではないんじゃないかな?
9人それぞれを演じた役者は誰もイイ顔してるし、チョイ役のエリック・ツァンがまた映画に絶妙な風格を与えている。
個人的には華奢なのにフンワリと色気があるユン役の子に完全にヤラれてしまった!(蔡さんには似てないけどね)
とにかくマズは観てほしい青春映画の新たなる名作! この“男の子ものがたり”にきっと女性も共感できるハズだ。


というワケで本作が長篇デビュー作というトム・リン監督をヤンの再来といってもなんら不自然じゃない気がするし、
季節の変わり目を告げる“九降風”とは、実は台湾映画に新しい季節が訪れたことを意味するものなんだとも思う。
一方、ボクは件の台湾1ヵ月旅行の後、インドシナ半島をめぐりインドを超えやがてアジア横断を果たすんだけども、
正直、大好きなアジアの国々の一つとはいえ洗練されたイメージから旅先として今一つ食指の動かなかったのが、
実はマレー半島南端の国シンガポール。決して往けないワケではなかったものの当時はアジア横断を急いでたし、
ずっと前にマレーシアへは往ったことがあったモンだからまとめて外しちゃったんだな。これまた今になり後悔至極。
そんなワケで往ったことのない国の風情を日本にいながら体感するにはやはり映画を置いて他はないということで、
ウマい具合に都内じゃ今「シンガポール映画祭」が開かれており、週末台湾につづいてシンガポールを旅してきた!!!



シンガポール映画なんて、数年前の 『フォーエバー・フィーバー』 やホラーの 『メイド 冥土』 を知っているくらいで、
同じマレー半島だしマレーシア映画と雰囲気は似てるのかな?ぐらいに思っていればやはり観ないとわからない。
確かにそこにはマレーシア映画のしっとりとした質感はモトよりアジア映画の伝統的な要素も感じはしたんだけど、
しかし今回観た映画には間違いなくオリジナルな触感もあり少しだけどシンガポール通になれたような気さえした。
昨年のカンヌ国際映画祭じゃシンガポール映画が史上初めてコンペ部門に選ばれて注目を集めたということらしく、
確実に“シンガポール映画新潮”といった流れが生まれつつある様子なんだけども、そんな中ボクが観てきたのは、
『愛を探すこどもたち』(’08)『シンガポール・ドリーム』(’06) 『12階』(’97)といういずれも現地の“生”を体感する3本。
『愛を~』 は世代も境遇も違う3組の市井の人間模様を通し、世界普遍な大都会の孤独を描いたような作品だった。

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『シンガポール・ドリーム』

『12階』 も群像劇なんだけど、固有の住居政策により今や国民の8割以上が住むという公共住宅(HDB)を舞台に、
時間を一日に限定して、そこに暮らすある人々の閉塞感を呵責なく炙り出したこれは、『ハピネス』 のような傑作!
監督はインディペンデント映画の先鋒的人物らしいんだけどこれは間違いなく“シンガポールのトッド・ソロンズ”だ。
そして、上記2本の間に観た 『シンガポール・ドリーム』 は、チラシにあるシンガポール映画入門篇という言葉通り、
同じくHDBに住むシンガポールにはどこにでもいるような、だけどギクシャクしたある家族の不協和音の物語を通し、
シンガポール人のリアルな気質を見せる“トウキョウソナタ”じゃなくて“シンガポールソナタ”とでも呼ぶべき傑作で、
その充たされているのに誰もが不満、誰が悪いワケでもないのに衝突ばかりといった人間模様のギスギスぶりが、
なんか日本人ぽく、ひょっとしたらシンガポール映画を最も理解できるのは日本人じゃないかとさえ思えてしまった。


役者もみんないいし、演出も巧いし、シンガポールのアジア的位置や独特の風習なんかもしっかり描かれていて、
完全にシンガポール映画を見直してしまったし、どれか1本観たいな…という人がいればこれをぜひおススメする!
これを観て、『フォーエバー~』 を観て、そして 『メイド』 を観ればもうシンガポール映画は語ってもいいんじゃない!?
まぁそれは冗談だけど、映画祭自体、9日間開催ということでかなり頑張ったと思うし手作りな雰囲気も味わい深く、
目新しさも入れたら極端なハズレはないと思うから、アジア好きも映画好きも挙って駆け付けてはいかがだろうか?
…というワケで、ボクは9月になると、台湾を皮切りに旅したアジアや東欧の国々を想い出し時に胸がキュンとする。
そりゃま、脱サラして今へと脈々つづくその日暮らしが始まった時期ということから余計に印象深いためなんだけど、
しかしあれから早何年? ボチボチまたボクの人生に新しい九降風は吹かないものかと思っているんだが…ウ~ん。

『九月に降る風』
ユーロスペース(渋谷)、シネマート新宿 にて公開中 ]
「シンガポール映画祭」
シネマート六本木 にて9月13日(日)まで開催 ]