いつか、「ただいま」と言える場所… 『ただいま それぞれの居場所』&『コロンブス 永遠の海』

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今の実家は名古屋の隣街にあり、その市は2005年の夏に愛知万博が開かれた瀬戸市の隣でもあるんだけど、
今、万博の時に作られた施設の一つを使って、定期的に映画の上映会をやっているらしく、料金が500円という、
良心価格であることから今年の夏で72歳のボクのお袋はそこへ映画を観に行くのが近頃の楽しみなんだという。
で、2、3週間に1回、電話をするたびに、こないだあの映画を観て、ああだったこうだったなんて言ってくるんだが、
ラインナップを聞くと、『シェルブールの雨傘』 といった名画もやれば、『劔岳』 とか 『私の中のあなた』 みたいな、
ワリに公開されたばかりの映画も積極的にかけているようで、今後 『母なる証明』 『グラン・トリノ』 とつづくらしく、
お袋は 『母なる証明』 が気になるのか先日帰省した折りに「面白い?」と訊いてきたので「ウん」と応じておいた。
交通費込み1000円チョイで映画を観られるんだから(名鉄は電車賃が高い)選ばずに片っ端から観ればよいのだ。

で、そんな風に最近すっかり映画づいているからか、お袋がGW前に突然、名古屋の映画ファンにはおなじみの、
2大優良老舗ミニシアター、シネマスコーレシネマテークに行ってみたいから場所を教えろと言い出したために、
帰省すると、最終日にはたいてい昼頃一緒に出かけて、どこかで食事をするというのが慣習となっているんだが、
こないだ、食事の前に両映画館へと実際に連れてゆき、チケットの買い方なんゾをひと通りレクチャーしてあげた。
名古屋の映画ファンは御存知の通り、シネマテークは“今池”というややダークな街の奥まったあたりにあるので、
「こんなトコ1人でよう来んワ」とお袋も言っていたんだけど、一方スコーレは名古屋駅周辺なためそんなこともなく、
また先日、なんでも毎週欠かさずに見ているという関西のTV番組、「やしきたかじんのそこまで言って委員会」で、
『クロッシング』 を扱っていたモンだから、ちょうど上映中のスコーレにはもう行く気満々となっているご様子だった。

『クロッシング』 の少年に心も体もいたいけだった少年期のボクを重ね、そしていまだに不憫な生活を送っている、
今年で38歳のボクに小遣いでもくれる気になってくれればいいなと思って(最低)、ボクも推薦したワケなんだけど、
とにかく、いい歳こいて身を固めることもなく親に心配ばかりをかけている出来損ないのゴク潰しにできることなど、
せいぜいこれぐらいなら、なにしろ72歳だしコチラはコチラでお袋にだけはボケてほしくないと願ってる日々なので、
せっせと映画を観に出かける、要は心と体にいいコトをしてくれるなんていうのは息子としても大歓迎というワケだ。
仮に認知症とかになって、名前を忘れられてしまったなら子供として生きていてこんなに悲しいことはないと思うし、
なによりいつか介護が必要になった時に、お袋を厄介者のように思ってしまったら残酷なので、健康に長生きして、
そしていつかじいちゃんみたいにある日苦しむこともなく、という召され方をしてくれりゃ…とそんな風に考えている。

今年で93歳になるばあちゃんは、現在、実家の近くの特別養護老人ホームに入っており、入るまでの1年半ほど、
お袋が1人で面倒を看ていたのがムリになってそれでついに入ってもらった、というか入れたということなんだけど、
それは致し方のない話とはいえ、ばあちゃんを施設に入れているということに対しては、お袋にしてもボクにしても、
多少後ろめたく感じている部分があるのも確かで、本当に、こと介護というのは、誰にとっても重い話なんだと思う。
しかもその老人ホームというのが、それがきっとフツーなんだろうけど、やっぱりただ単に病院みたいとしか思えず、
もちろん、職員さんたちはみんな一生懸命とはいえ、やっぱりそれも当然というのかビジネスライクな雰囲気もあり、
結果そういう施設に自分のばあちゃんを入れているということになんとも言えない想いを抱いてしまう瞬間があって、
今回、ボクが次のような映画を観たのも、ひいてはどこかそういう想いを落ち着かせたいという願望があったからだ。



現在ポレポレ東中野で絶賛公開中(延長決定)、そして名古屋では5月中旬よりシネマテークで公開予定の映画、
『ただいま それぞれの居場所』 は、2000年4月1日に、いわゆる“介護保険制度”が始まってから今年で丸10年、
加速する高齢化社会を背景に介護サービスの数が急激に増えた一方、誰もと同じように介護を必要としながらも、
制度の枠組より漏れてしまった人々をどうにかすべく、ボクと同世代、もしくは若い人らが立ち上げた3つの施設と、
創立以来23年間、ほかの施設を退去させられた人々の面倒を看ている民間福祉施設を取材したドキュメンタリー。
制度を悪用する輩、慢性的な人手不足や重労働なのに低賃金といった問題、または施設スタッフによる虐待など、
とかく介護というと暗い話しか聞かず、そこで介護の映画なんて聞くと重いとか説教臭いといったイメージばかりで、
正直ボクも観るまでは相当躊躇したクチなんだが、しかし、断言する。これは2010年、日本映画ベスト級の傑作だ。

なにより映画として面白いのは、本作がいわゆる、社会派ドキュメンタリー的な要素をいっさい排しているところで、
だから確かに制度の問題点については具体的にわからないしそこに不満を持つ向きもあるかもしれないんだけど、
しかし制度が云々というドキュメンタリーならそれこそたくさん観るワケで、そこで本作のあえて制度には言及せず、
こういう介護を必要とする人たちがおり、だからこういう介護をしている人たちがいるというただそれだけを見つめる、
究極にフラットなスタンスは、どんな社会派作品よりも、題材の根幹部分について観る者に深く考えさせてくれるし、
そうした意味で本作は、昨年の素晴らしかった1本 『精神』 と志を同じにするドキュメンタリーなんじゃないかと思う。
映画に登場する4施設は、まるで施設というよりたとえばボクがバックパッカーをやっていた時に散々世話になった、
ゲストハウスみたいで、マズそこからして本作はボクらが常に抱きがちな介護のイメージを心地好く裏切ってくれる。

仕事を引退したことを忘れ奥さんを他人と思っている人や、すぐに怒り出す人、または、施設を我が家と思い込み、
家を荒らすな!とスタッフを叩いたりする人が次々登場し、そしてそんな人々を世話しているスタッフの姿を見ると、
あ~やっぱり介護は大変だなぁ…親がこうなったら自分がこうなったら嫌だなぁと確かにどんよりともするんだけど、
しかし肩肘張らず(張っていないように見える)、あくまで等身大の自分のまんま老人たちに接しているスタッフらの、
懸命に世話をしている反面、何か老人たち個々のパーソナリティに興味を向け、それを遊んでいるような雰囲気は、
気力も体力も必要だけどそれよりなにより介護には豊かなバイタリティーが必要だということを静かに教えてくれる。
だから、あ~親や自分がこうなったら…と思いつつ観ながらも、いつしかスタッフと老人たちとの交流に惹き込まれ、
老人たちのことが世間からは外れたけどしかし独自の世界観を持っているという魅力的な人々にも思えてくるんだ。

そして、ぞれぞれ個性的な施設を観てゆくウチに、当初の不安やどんよりは薄れ、自分もいつかボケてしまったら、
こういう施設の世話になりたいな~自分だったらココを選ぶな~とそうした軽い感じで映画を観ていることに気づき、
観終える頃には涙も滲んで、介護しようとされようとやっぱ世の中最後は“人”だなと生きる希望が湧いてくるのだ。
もちろん、チョット映画を観たからといってすぐに現実が変わったり軽くなったりするなんてワケではないんだけれど、
しかし、制度に楯突くというよりこういう考え方だってアリだよね?とソフトに問いかけているような本作の雰囲気は、
時にオカしく時に切ないまるで映画的なエピソードの数々と相まって介護にまつわる暗いイメージを払拭してくれる。
本作は、介護保険制度を批判した映画じゃなく、あくまで、介護の未来、その一つの指針を示している映画なのだ。
「なんとかなるサ…」 この窮屈な時代の、凝りまくった肩を揉み解してくれるような優しさをぜひとも体感してほしい。


そんなワケで、これも素晴らしい映画だったのでできたらウチのお袋にもススメたいと思っているところなんだけど、
一方、一緒にシネマテークに行った際、お袋が廊下に貼られてあるポスターの数々を眺めて「これが観たい!」と、
興味を抱いたのが実は次の映画で(お袋はポスターの老人を見るや「ヘンリー・フォンダでしょ?」と言い放った!)、
その映画とは、1908年生まれの御年101歳、まさしく介護不要の世界最高齢現役映画監督、巨匠の中の大巨匠、
ポルトガルの至宝、マノエル・ド・オリヴェイラ監督が、よもや主演まで務めているという 『コロンブス 永遠の海』 だ。
映画のキーワードは、タイトルを見たらわかる通り、“大航海時代”に初めてアメリカ大陸に到達したことで知られる、
あのクリストファー・コロンブス(1451~1506)―。これまで、イタリア人ともスペイン人とも言われてきたコロンブスが、
実はポルトガル人だったという2006年に出た(らしい)新説をめぐる旅路を自由な発想で描いた、本作はそんな作品。



映画にはひと組の夫婦が登場し、その若い頃の旦那の方をオリヴェイラ監督のお孫さん(ボクと同い歳!)が演じ、
そして47年経って老いた方を監督夫妻がそのまま演じて、主人公夫婦がコロンブスのルーツを訪ねて廻るという、
そんな構成になっているんだけど、コロンブスに興味があるか否かはともかく、映画には全篇、旅のロマンが漂い、
それが後半綴られる夫婦愛の物語とも相まって、まさしく劇中のテーマの通り“郷愁”を味わえる1本になっている。
話が面白いとかどうとかいうレベルじゃなしに、これはごくひと握りの人間にしか到達することができない“境地”を、
映画を通してほんの少しだけ見せてもらう、そんな1本でもあると思うんだ。ラストの海には本当に心が洗われる―。
お袋は、海外旅行はおろか飛行機にすら一度も乗ったことがなく、ロクな贅沢一つしないで今まで細々生きてきた。
これからは映画を通して、いろんな国を旅したらいいんだ。(と言うとオマエが連れていってやれよとよく言われます)

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なんでワシがヘンリー・フォンダやねん! アイツ死んどるやろ!

しかし、今は37歳とまだ若く下半身も一応“元気な亀さん”なので(ゴメンなさい)、ばあちゃんやお袋のことだけを、
諸々心配しているんだけど、仮に生きたとして自分が70歳くらいになった時にどんな生活をしているのかと思うと、
絶対ロクな生活は送ってないような気がして、介護もホント人ゴトじゃねぇな…と映画を観て考えること深しだった。
生まれた家は跡形もなくなったのでボクにもう故郷はないし、東京など終(つい)の街だなんてとても思えなければ、
今の帰省先の街にしたって愛着なんゾはまるで湧かないようなところなので、けっきょくはお袋の住んでいる家が、
自分にとって「ただいま」を言える場所だと信じ、今はこうして1人暮らしをしてるんだけど、ばあちゃんがいなくなり、
そしてお袋がいなくなったら、ボクはいったいどこへ「ただいま」を言えばいいんだろうな……。こりゃ深刻な問題だ。
なァ~んて先のことばかり考えていたら、お袋をシネマテークに案内する際、あんなに通い慣れていたハズの道を、
思いっきり1本間違えてしまって、そりゃもう37だし、物忘れも激しくなるワな…と、違う意味で凹んでしまった。トホ。

『ただいま それぞれの居場所』
ポレポレ東中野 にて5月21日(金)まで公開 ]
『コロンブス 永遠の海』
岩波ホール(神保町) にて公開中 ]