人の心の善と悪との境目を問う傑作サスペンス二本立! 『クロッシング』&『ストーン』

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なんかもう最近は教師とか警察官が不祥事を起こしたといってもよくある話みたいな感じで、ニュースを聞いても、
またか…と一瞬思うぐらいで今や誰も先生やお巡りさんを尊敬したりなどしないという、そんな世の中なんだけど、
しかしボクの15の時からの親友2人はまさしくそれぞれ教師と警察官だから、変なニュースを聞くたび呆れつつも、
2人の顔がフと思い浮かんでなんとも複雑な心境になってしまう―。確かに本来だったら人を善の道へと導くべき、
教師や警察官が人の道に外れたことをするなんて言語道断だし、それを聞いて世も末と思うのは然りなんだけど、
しかし、人間てそんなに強いんだろうか…? もちろん不祥事を起こす輩には初めからオカしなヤツも多いだろうが、
ボクはなんとなく、そういう不祥事先生や警察官には本来マジメな人が多いんじゃないかっていうそんな気がする。
マジメで、自分は常に善であらねばと思いすぎているからこそ時にフと善悪の判断が利かなくなるんじゃないかと。

人の心なんて、決して善だけで充たされているワケじゃない。誰の心にだってきっと悪は潜んでいるハズだと思う。
しかしだからこそ人間は誰しもより善く生きるべきで、ゆえに人を善へ導く職業もこの世に存在すると思うんだけど、
最近はそういう職業に就いたって誰も尊敬などしてくれなきゃ報われることも少ないから、善であろうとする人ほど、
結果的にはどんどん疲弊し心を歪めていってしまう。教師や警察官にいかにウツが多いか、親友からよく聞く話だ。
善に生き、人を善に導こうと懸命に働いても尊敬もされなきゃ給料的にもさして報われず、それで不祥事の時だけ、
矢面に立たされたんじゃ、そりゃやってられるか!と時にヤケな気持になるのも当然だ―。今週観た2本の映画は、
それぞれ方向性は違うけどしかし偶然にも本来は生マジメな人がほんの少しだけ生き方が不器用だったばかりに、
負のスパイラルへ陥ってゆくというそんな話。実直に生きるほど息苦しい今の世の中にピッタリの2本かもしれない。

(予告篇以降、映画の結末に触れますので鑑賞予定の方はご注意を)



ニューヨークの犯罪多発地区ブルックリン。警官としての野心や情熱などとうの昔に見失い、退職を間近に控えた、
ベテラン警官エディ(リチャード・ギア)は、海兵隊上がりで、ヤル気満々な新人警官の研修を任されウンザリとする。
信心深く、家族想いの麻薬捜査官サル(イーサン・ホーク)は、病弱な妻と子供たちに約束した新居を購入するため、
金の工面に奔走していたが、安い給料ではどうにもできず、やがて捜査のたびに目にする大金に目が眩み始める。
そして潜入捜査官タンゴ(ドン・チードル)は、苛酷な任務とそれに見合わない待遇に不満を募らす内に、身内よりも、
人間味溢れるギャングのボスに、深く感情移入してゆく―。『トレーニング デイ』 のアントワン・フークア監督最新作、
『クロッシング』 は、そんな普段は面識のない3人の刑事たちそれぞれの“正義の行き詰まり感”を交互に描きつつ、
善と悪との曖昧な境目を容赦なく炙り出して観る側にも善とは?悪とは?正義とは…?と問い掛ける骨太な1本だ。

リチャード・ギア、イーサン・ホーク、そしてドン・チードルという、まるでタイプは違いながらもそれぞれ芝居のできる、
3名優の存在感を軸に超硬派な演出でフークア監督が描くのは、元々は善良で、正義というものも信じていたのに、
それがいつしか人の心の暗部ばかり見ざるをえない仕事や個人を蔑ろにする組織の中に身を投じ続けている内に、
善も悪もどうでもよくなってしまったり、その境界線を見失ったり、もしくは、正義なるものを少しも信じられなくなった、
社会に迷える孤独な男たちの魂の叫び……。話が進むにつれ、映画はどんどんヘビーに、救い難くなってゆくのに、
それでも本作に登場人物を“悲劇のコマ”にするような作家的イヤラしさが微塵もないのは、犯罪物としての描写に、
作者の実地的経験に基づく本物の凄味があるのと、怒りの矛先が主人公たちを通してあくまで理不尽な世の中や、
個人を蔑ろにする体制へと向けられているからだと思う。この監督の作品には、古き良き社会派映画の薫りがする。

『トレーニング デイ』 のジェイク・ホイトがけっきょくこうなっちゃったみたいなイーサン・ホークは文句なしの名演だし、
ドン・チードルも味わい深いんだけど、しかし、ボクがイチバン惹かれたのは意外にも、リチャード・ギア演じるエディ。
妻とも別居している彼は娼婦に入れ上げ、時に孤独を癒しているという設定なんだけど、エディのそのエピソードが、
このかなりゴツゴツした映画に見事な艶を与えていたと思うし終盤近くで「2人でどこかへ行こう」と言い始めた彼が、
ヤンワリ、その後にキッパリと拒絶されるあたりにボクはなぜだかグッときてしまった。ホントに大人の映画だと思う。
そんな件の後で、エディがレイプ魔に拉致られていた女たちを無様ながらに救い出すという盛り上げ方もよかったし、
ホークが因果応報で死にチードルが不運で殉死し、それでギアまで死ぬのはな…とドキドキしながら観ていたから、
本当にホッとして最後は鳥肌も立ちまくりだった。アントワン・フークアはこれで類稀なバランス感覚を再び証明した。


とにかく 『クロッシング』 は(邦題がね…)、名優たちの一級の芝居とリアルな演出に唸る、ヘビー級のサスペンス!
一方、もう1本よかった映画が 『ストーン』 という作品で、これまた、ロバート・デ・ニーロにエドワード・ノートンという、
今サラ押しも押されもせぬ二大名優が、9年前の快作 『スコア』 以来久々に共演を果たしたって映画なんだけども、
“ストーン”というタイトルの意味も、映画をよく観てないとわからないし、クライム・サスペンスとは銘打っていながら、
イマイチ掴みどころがなく、案の定、平日の最終とはいえ、銀座の劇場はガラガラの状態だったんだが、しかしこれ、
ボクは観ているウチに 『クロッシング』 とテーマ性がカブるような気がしてきてやはりラストは鳥肌が立ってしまった。
けっきょくこれは、デ・ニーロ演じる刑務所の仮釈放管理官が、悪の塊のようなノートン演じる囚人と、その妻である、
ミラ・ジョヴォヴィッチ扮する妖艶なビッチ女に翻弄される間に、自分の中の邪悪な何かに押し潰されてゆくという話。



まぁ邪悪な、とはいってもノートンの仮釈放審査に手心を加えてもらうためのミラの色仕掛けにまんまと引っ掛かり、
不貞を働くといったそんな程度なんだけど、しかし一つ一つのエピソードの丹念な積み重ねによって画面には終始、
ピリピリとした緊張感が低く緩く漂い続け、そうした中でデ・ニーロが仮釈放審査という人を善に導く仕事を生業とし、
日曜には奥さんと教会へ通うという、ハタから見たら絵に描いたような実直な人生を送ってきながらも、その一方で、
何かを押し殺しつつ生きてきたのがミラの色香でタガを外してしまうという、老いらくの悲哀を重厚に演じているから、
話にはかなりの説得力を感じるし、それが、方や長引く刑務所生活でコチラも精神にある変化を来す囚人の内面を、
実に繊細に演じるノートンの存在感とも相まって、2人の行く末に、いつの間にやらグイグイと惹き込まれてしまう―。
審査官とその奥さんのいわゆる“仮面夫婦”ぶりがしっかりと描けているのもこの映画のかなり“有効”なポイントだ。

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こんなメジャー女優なのに脱ぐのがエラいです。

ヌードも辞すことなしどビッチ女をエロエロに演じたミラもホント素晴らしかったし、ぜひ劇場で、とは言わないまでも、
記憶に残っていたらいつかDVDでじっくりと観てほしい、『ストーン』 はいわば、伏兵的な大人の心理サスペンスだ。
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重複するけど、人の心は決して善だけで充たされているワケではないと思う……。教師をやっているボクの親友は、
善であろうとするばかりに、数年前やはりウツを患った。その後病気は克服して、よかったなぁ、つい“魔が差して”、
痴漢で捕まったりせず…と今は冗談を言うくらいなんだけど、しかしタマにメールが遅いから、するとボクはもしや…、
と、ウツのリバウンドを心配してしまう―。でも、一方の警察官の親友は、まぁ昔っから海千山千みたいな男なので、
自分の心にテキトーに“折り合い”をつけてウマくやってゆくだろうとワリと心配せずにいる。なにしろ、こんなご時世、
誰もがみんなギリギリで生きているんだ……。ボクもいつか善悪の境目を見失ってヘタなことを仕出かさないように、
映画の中のリチャード・ギアみたいに名もなき女の肌に埋もれて孤独を癒してもらわないとな。(それじゃダメなのか)

『クロッシング』
TOHOシネマズ シャンテ(日比谷)、新宿武蔵野館 にて公開中 ]
『ストーン』
銀座シネパトス にて公開中 ]