主人公の最後の百発にナデリの『駆ける少年』も入れてほしい! 『CUT』



アミール・ナデリ監督の映画は実は、1996年の「イラン映画祭」で観た 『駆ける少年』(’86)しか知らないんだけど、
しかしこの映画を観た時の衝撃は今でも鮮明に憶えているし、だからアミール・ナデリという名を忘れたこともない。
キアロスタミや、マジディや、ジャリリより、イラン映画といえばボクにとってはナデリなのだ。1本しか観てないけど。
ペルシャ湾沿岸の村で、ゴミ溜めを漁ったりビンを拾い集めたり靴磨きをしたりしながらなんとか生計を立てている、
天涯孤独な少年たちの姿を活写した物語は、ヘビーな見た目とは裏腹にそれはもう“生の輝き”としか言いえない、
生きることの瑞々しいバイタリティに充ち溢れていて、クライマックスで、少年たちが、アチコチ炎が燃え盛る油田を、
氷の塊を目指して我先にと駆ける姿にボクは全身がブルブルと震え、氷を勝ち取った少年が「取ったどォーっ!」と、
空に向かって叫びそこに飛行機が飛んでゆくラストを観た時には、思わずイスから立ち上がりそうになってしまった。

まぁその頃のボクは毎日死んだ魚みたいな目をしながら働いているサラリーマンだったから、少年たちの生き様に、
思わず渇を入れられるような気持になったってことなんだけど、なにしろそれっくらい、『駆ける少年』 には感動した。
で、そんなアミール・ナデリ監督が、いつかの東京フィルメックスで知り合い、意気投合した西島秀俊を主演に迎え、
100%日本で撮ったという最新作、『CUT』。西島扮する“映画を愛する”主人公・秀二が、自分に映画を撮らすため、
借金までして死んでしまったヤクザの兄貴への想いから、拳1発いくらの“殴られ屋”を始め、そして殴られるたびに、
愛する映画たちのことを想い浮かべて痛みに耐え抜くという内容のこの映画を、ボクも最初は何度か予告篇を観て、
ウワぁーこれはちょっと恥ずいなぁ…と冷やかに観ていたんだけど、しかし実際観るとボクは本作に“映画愛”よりも、
『駆ける少年』 とまるで同質の“迸る”ような何かを感じなんだ全然恥ずくないじゃんと淡い感動すら覚えてしまった。

実際これを映画好きの映画に対する甘ったるい感傷を描いたものとして敬遠してしまうのは実に残念な話だと思う。
秀二があそこまで殴られ続けたのはあくまで兄貴に対する罪滅ぼしなワケだし、痛みを映画愛で耐えたというのも、
要は自分のやっていること―映画製作、クソクズな商業映画へのアジテーション、ささやかな自主上映会―に対し、
ウソがないかを自分自身に明かすための“禊”みたいなものなのだ。そう考えたらシンプルで男らしい話じゃないか。
ボクもそうありたい。秀二は途中入る支援の申し出を断り、兄貴が殺された場所で殴られることにひたすらコダワる。
きっとナデリも、それくらい頑固に映画を創り続けてきたのだろう。まぁ実際あんなに殴られたら死ぬと思うんだけど、
そこはそれ。でも、常盤貴子の胸で眠れるならどんな苦痛にも耐えられる、ような気もする。とにかく“百聞は一見”。
映画好きならマズは自分の目で確かめよう。そして秀二の“最後の百発”には 『駆ける少年』 もぜひ加えてほしい。

画像
西島秀俊と常盤貴子、「悪魔のKISS」を想い出す。

『CUT』(2011年・日本/カラー/120分)
【監督】アミール・ナデリ( 『駆ける少年』 )
【出演】西島秀俊、常盤貴子、菅田俊、でんでん、笹野高史、鈴木卓爾
【配給】ビターズ・エンド
【5段階評価】★★★1/2☆
【鑑賞劇場】シネマート新宿1
【鑑賞料金】1,500円(劇場鑑賞券)