|
それは違うという人も、 なかにはいるかもしれないが、 ボクにとって、映画の基本は「物語」。 “作り話”であろうと“実話”であろうと、 要は「物語」であることに変わりはなぃ。 (もちろんそれは広義で捉えて…だけど) 現実にはありえないような「物語」をめぃいっぱい楽しめるからこそ、 映画には1000円某の料金を払う価値があるワケだし(高ぃけど…)、 ドキュメンタリーにしても実話を材にしたドラマにしても、 その“実”の部分と自分や自分を取り巻く環境との間に何かを見出せてはじめて、 ボクらは映画に費やした時間に対し深い充足感を覚えることができるってワケだ。 リアリズム―。映画を語るときに必ず出てくる言葉だけど、 人はいったぃそこにいかほどの意味を感じて使っているのか。 リアリズムというのはあくまで技法であって前提ではないと思う。 その「物語」、あるいはそのまたある部分に深みを与えるにはそれが最適と判断されたとき、 リアリズムははじめて「物語」に息を吹き込みその意味をなす。 “カメラ据え置き長廻し”が即リアリズムだと思ったら大間違ぃ。 まぁ、リアリズム云々につぃてはここじゃともかくとして、 けっきょく何が言いたいのかというと、 今、日本で、いろんな意味で安定した作品を撮り続けている数少ない映画監督の1人、 『CURE』 『回路』 『ドッペルゲンガー』 の黒沢清監督待望の最新作 『LOFT ロフト』 は、 たっぷりといかがわしさに充ちた極めてオリジナルな「物語」にワクワクとしながらも、 まるで迷宮のように入り組んだテーマのなかに現代的な示唆を読み取ることもできる、 まさに“「物語」の王道”とでも言うべき世界観で楽しませてくれる面目躍如の傑作だってコト。 売れっ子作家ゆえのスランプに陥り、担当編集者・木島(西島秀俊)のススメで、 郊外の一軒家に引っ越してきた女流作家の礼子(中谷美紀)は、 人気のないハズの向かいの建物に出入りする不審な男を見かける。 男は吉岡誠(豊川悦司)という大学教授で、 沼から引き上げた、千年前の“ミイラ”を無断で運び込んでいた。 それを見て以来礼子は得体の知れない怪異現象に襲われるようになり、 小説がまったく書けなくなってしまう……。 冒険映画でもなければモンスター・アクション映画というワケでもなく、 ましてや、いわゆる“Jホラー”の主流からはほど遠いとさえ言えるような、 “ミイラ”などという、およそ現代的とは言い難いモチーフであるにもかかわらず、 黒沢監督が描く沼から引き上げられた千年前のミイラをめぐる「物語」は、 驚くほどの現代的な寓話と言うべきホラーとしての様相を呈している。 『CURE』 のそれをさらに磨き込んだような“黒沢節”としか言いようない重心の低い緊張感は、 観る者を決してキツく縛り上げたりしない代わりに、その糸が途中でほつれることもない。 でも、その緩い緊張感に身を委ねていると中盤の急展開からそれは一気に強まり、 気づいた頃にはそれこそ“ミイラ”のように、こちらの体は動かなくなっている。 その術策にまんまとハマるその心地好さこそまさに「物語」に身を任せるという映画的僥倖。 喩えはおそろしくヘタだけど、巨匠の風格さえ感じさせる至高の黒沢演出は、 まるで腕のよぃ超一流のマッサージ師に身も心も委ねているような一種独特の昂揚感もある。 そして、憶測を微塵も許さずまったく予想のつかない黒沢流「物語」が描くのは、 おそらく思うに、“死”をモチーフにした現代的デス・コミュニケーションの寓話。 この映画の登場人物は誰もがみな無機質で表情の稀薄な顔をしている。 しかし人間味の薄そうな(おそらくは何かによって薄められた)吉岡と礼子は、 何かに引き寄せられるように出会いその間に“死”の象徴とでも言うべきミイラを挟んで、 そこではじめて、あたかもミイラから精気を吸収するかの如く人間味を取り戻し恋に落ちる。 若干話はズレて、今でも時々、練炭による集団自殺のニュースが報じられたりして、 それはきっと、“生”に対してなんら手応えを得られない人たちが、 人間にとって唯一確実な事象である“死”を媒介することによってはじめて生に実感を持ち、 そこから束の間、派生する共同体意識に酔い痴れる一種の集団ヒステリーだと思うんだけど、 おそらく吉岡と礼子の恋(のようなもの)もそれと同種の体験だったのではないだろうか。 生きていることに実感を抱けず、逆説的に死ぬこと(もしくは死んだ者)にその手応えを求める、 これは、そんな、コミュニケーションの行く先を見失った現代人の、 怖ろしくも哀しいお伽噺なんじゃないだろうか……。 確かに、本作にラブ・ロマンスを求めるには濃厚さが足りないとほとんどの人が思うだろうし、 結末のハッキリしないサスペンスに不満もあれば、 ビジュアル・ホラーとして消化不良感を覚える人がかなり多いような気はする。 しかし、これまでの黒沢作品を考えればそれはマズ間違いなく確信犯的なものだし、 その複層的に編み込まれた網目の奥こそを覗く“覗き魔根性”がなければ、 おそらくこの映画、というよりここ最近のほとんどの黒沢映画の醍醐味はマズわからない。 それは決して“わかる人にだけわかればいい”などというありがちな作家根性なんかじゃなく、 受け身に甘んじることにあまりにも慣れすぎた観客に対するあくなき作家的挑戦なのだ。 豊川、中谷、西島の主要キャストはもちろんのこと、ここでは安達佑実が驚くほどの好演。 確信犯的戯曲のようなセリフ廻しのドラマの果てにアッと驚くような衝撃の結末とは……。 手練手管の映画策士、そして映像マッサージ師、 黒沢清監督の2時間フルコース・テクニックをマズは四の五の言わずに堪能すべし! [ テアトル新宿、シネ・リーブル池袋 にて公開中 ] |
| << 前記事(2006/09/25) | トップへ | 後記事(2006/09/27)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
LOFT@テアトル新宿
ホラーにしろサスペンスにしろ、感情を煽る方法はいくらでもある。シートに包まれたものは人体をかたどって、ハイビジョンとDVと2台のカメラでヒロイン中谷美紀を執拗に追う。その辺りは掴みに過ぎず、心拍数を上げてやまないのは予測のつかない展開にあった。大まかな流れが ...続きを見る |
ソウウツおかげでFLASHBACK現象 2006/09/27 19:34 |
『LOFT』とサイレント映画
黒沢清の映画を見ていると、サイレント映画を見ているような気分におちいることがある ...続きを見る |
Days of Books, Films... 2006/09/28 22:39 |
ロフト:不可解さから醸し出される母性
★監督:黒沢清(2005年 日本作品) 京都シネマにて鑑賞(9月27日 2回目)。 今年に入ってから... ...続きを見る |
「朱雀門」という方法・第2章 2006/10/01 00:52 |
『ロフト』
アカルイミライ× アカルイミイラ○ ...続きを見る |
ねこのひたい〜絵日記室 2006/10/18 10:28 |
■〔映画鑑賞メモVol.13〕『LOFT ロフト』(2005/黒沢清)
こんばんは、ダーリン/Oh-Wellです。 ...続きを見る |
太陽がくれた季節 2006/10/19 01:50 |
LOFT
{amazon} マイベスト映画1位『アカルイミライ』の黒沢清 監督のドッペルゲンガー以来3年ぶりとなる映画『LOFT』 黒沢清監督は3〜4年前からホラー路線で映画を 撮っていくという言葉通り、今回はミイラ。 ...続きを見る |
悩み事解決コラム 2007/02/12 18:41 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
手練手管の映画策士とはまた黒沢清にぴったりのキャッチフレーズですね。全く予想のつかないつかせない展開に翻弄されました。 |
現象 2006/09/27 19:37 |
黒沢清はまさに“策士”って感じですよね。 |
栗本 東樹 2006/09/28 09:02 |
こんばんは |
朱雀門 2006/10/01 01:20 |
再度、失礼します。 |
狗山椀太郎(旧・朱雀門) 2006/10/01 18:07 |
>朱雀門改め狗山椀太郎さん! |
栗本 東樹 2006/10/02 20:56 |
素晴らしい記事ですね。 |
にら 2006/11/01 17:27 |
>にら さん |
栗本 東樹 2006/11/02 01:34 |
| << 前記事(2006/09/25) | トップへ | 後記事(2006/09/27)>> |