戦え! 何を? 地獄のような人生を! 『蟻の兵隊』

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たかが2時間やそこらの映画で“科学の勉強”しようなんて思わないから、
『日本沈没』 に科学的な説得力などなくたって、
そんなことは大して気にはならないんだけど、要は、ドラマの問題なのだ。
もしも普段当たり前だと思っているこの日常が映画みたいなあんな状態になったとしたら、
ボクらの眼前に広がる光景は…そう、“地獄”だ。
だけど、地獄であろうとなんだろうと、命ある限り人間は生きていかなくちゃならない。
そこで、地獄を生き抜くには、ボクら人間はいったいどうしたらいいのか?
そこではじめて試される、
人としての“思いやり”や“勇気”とは何なのかを問うのが映画の目的であるべきハズなのに、
あんな子供騙しのドラマでお茶を濁そうとするから罵倒するか笑い飛ばすしかなくなって、
けっきょくボクは笑い飛ばすことにしたわけだけど、
そこで、『日本沈没』 を観て絶句、もしくは怒り心頭、もしくは無気力に襲われたという人に、
ぜひとも観てほしい、1本のドキュメンタリー映画がここにある。
それがこの、『蟻の兵隊』 だ。

これは、かつて若い頃に戦争という地獄を生き抜き、
そして老いた今もなお戦争体験という苛酷な記憶を胸に秘め、
つまり、“自分のなかの地獄”と現在も戦い続けている80歳のひとりの老人の、
地獄と向き合うそんな生き様(戦う様)を追いかけた、万感胸に詰まる必見の傑作だ!

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映画のベースになっているのは、おそらく日本人のほとんどが知らない、
そしてボクも、当然のようにこの映画を観るまで知らなかった、“日本軍山西省残留問題”―。
まるで知識のない題材に対しヘタな私観が混ざってもアレなので、
フライヤーにある解説をそのまま引用すると、“日本軍山西省残留問題”とは、

 終戦当時、中国の山西省にいた陸軍第1軍の将兵59,000人のうち約2,600人が、
 ポツダム宣言に違反して武装解除を受けることなく中国国民党系の軍閥に合流。
 戦後なお4年間共産党軍と戦い約550人が戦死、700人以上が捕虜となった。
 元残留兵らは、当時戦犯だった軍司令官が
 責任追及への恐れから軍閥と密約を交わし「祖国復興」を名目に残留を画策したと主張。
 一方、国は「自らの意志で残り、勝手に戦争をつづけた」とみなし、
 元残留兵らが求める戦後補償を拒みつづけてきた。
 2005年、元残留兵らは軍人恩給の支給を求めて最高裁に上告した。


というもので、これだけじゃなんのことかサッパリわからないかもしれないけど要するに、
第二次大戦後も“軍の命令”で中国に残って中国の内戦を戦ったハズなのに、
それを政府が「兵士が志願して勝手に戦争をつづけた」と主張するとはどういうこっちゃ!?と、
怒り心頭に達した元残留兵のお年寄りたちが、
当時の真相の解明を求めて裁判を起こしているというのがこの問題の根幹で、
今作の主人公・奥村和一(わいち)さん(80)がその中核となって、
真相究明のために孤軍奮闘する様子を追いかけたというのが、この映画の概要だ。

で、正直な話、今までまったく知らなかった事実について、
たかだか1時間40分程度のドキュメンタリー映画を観たからといって、
問題すべてを把握できるわけもなければどこをどう見ればいいのかわからないのが本音だし、
これはあくまでボク個人の映画を観た上での私見なんだけれど、
今作には“ドキュメンタリー”として観る限りかなり“仕込み”が要所要所で見受けられるので、
映画で語られるすべてを果たして鵜呑みにしていいものかどうか迷うというのが本当のところ。
(ボクは普段、“事実”をありのまま映す「ドキュメンタリー」であっても、
 題材を受け手にわかりやすく語るための“演出”ならばそれはあって然るべきと考えている)

しかし、それを踏まえたとしてもボクには、
奥村さんの人となりや生き様からは一点の曇りも感じられなかったし、
それがあるからこそこの映画には、言い方はやや乱暴だが問題の行方云々よりも、
ずっと大切なものが秘められているように感じられて仕方がなかった。
ボクらがこの映画から、そして奥村さんの生き様からなにより見出せるのは、
つまり人生とは地獄であり、生きるとは死ぬまでその地獄と戦い続けることで、
生きてゆくのも地獄なら、死んでゆくのもまた地獄、
戦争の記憶も地獄なら、退屈な日々もまた地獄で、
たとえ老いさらばえても生きている限りその地獄から逃れることはできず、
だったら正面向いて「何クソ!」と戦うしかない!と、
高齢化社会の加速するこの国に向けられた長い人生を生き抜いてゆくための熱いメッセージ。

自民党の総裁選になんてさして興味はないけれど、
先日、福田康夫氏が「70歳で総理なんてできない」と、負け戦を嫌って戦いを放棄したことは、
少なからず、この先の高齢化社会を暗澹とさせるようななんともわびしいニュースだったハズ。
そこで齢80を迎えても戦うことを諦めない奥村さんのパワーとバイタリティは、
今年で68歳になるボクの母親を含めて、
余生をいかに過ごしていいか悩んでいる人たちにきっと生きる勇気を与えてくれると思うのだ。

以前、日系ブラジル人の女のコと仲良くしていた時、
そのコは、40歳を過ぎたら日本には住みたくないと語っていた。
日本という国は、年配や年寄りを大切にしないから―と。
歯止めの利かない高齢化社会を、いつまでも憂いていたって仕方がない。
要はお年寄りたちが、たとえば振り込め詐欺など老人を平気で食い物にしてるような連中を、
日本刀で頭から叩っ斬るぐらいの元気と勢いを取り戻せばそれでいいのだ。
今作は、老い先短い老人の孤独で寂しい戦いを描いた映画なんかじゃない。
これは、老いたればこそ戦うことを選ぶそんな人間への大いなる人生賛歌だ。

8月には、かつての戦争で「お国のため」に大陸で殺人や強姦の限りを尽くし、
そしてその“地獄”を内に抱え続けておそらく今も苦しんでいる元日本兵たちの証言を集めた、
衝撃のドキュメンタリー、『日本鬼子 リーベンクイズ』 も特別上映されてこちらも必見!
そしてドラマでは、人生の黄昏を至極のんびりと過ごしていた老人たちが、
ある日、ひょんなことから世の中の不条理に巻き込まれて怒りを爆発させ、
やがて巨悪に立ち向かうべく死地に赴くという、
“老人版 『必殺仕事人』”、もしくは“シルバー 『ワイルドバンチ』”とも言うべき大傑作、
篠崎誠監督の 『忘れられぬ人々』 なんて映画もある。
『蟻の兵隊』 に感動した人は、ぜひこれも観てほしい。

奥村さんのくゆらすタバコの煙に人生が滲む、これは、ドキュメンタリー版の 『生きる』 である。

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