鳥肌が立つほど完璧なパニック・サスペンス、でも… 『ユナイテッド93』

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今から6年前の2000年、20世紀最後の年、
ボクは、ほぼこの1年を費やして、
タイのバンコクを皮切りにフィンランドのヘルシンキまで、
アジアを横断し、東ヨーロッパを縦断するという“深夜特急”旅行をしていた。
で、気ままな独り旅の勝手な印象と言われればそれまでなんだけど、
その2000年という1年間は、ボクが旅した地域に限って言えば、
とても平穏な1年だったような気がする。
始めの方で訪ねたネパールも、ここ数年目立つコミュニストの暴動なんてなかったし、
スリランカも平和で、街には武装した兵士が要所要所で立っていても、
ボクのような旅行者を見つければ、片手で銃をカチャカチャさせ、
ニコニコ笑いかけてくるような牧歌的な感じだったし、
だいたいカシミールの問題で常に仲の悪いインドとパキスタンもその年に限っては仲が良く、
両国を陸路で跨ぐとき、普段なら荷物チェックが他国境に較べて相当厳しいハズなんだけど、
「荷物を見せろ」と言われることなく拍子抜けするほど簡単な手続きのみで国境越えができ、
なにより、1年後にアフガニスタンがあんなことになるなんて、
パキスタン内のアフガン国境の街、ペシャワールにいたときはそれこそ想像もできなかった。
ボクはそのペシャワールで、タリバンで活動しているという青年とともにお茶を呑んだのだ。

その時、ボクのほかに日本人が2人いて、さらにもう1人、
おそらくペシャワールへ行ったことのある人ならたいがい知っている“ババじぃ”と呼称される、
“パキ-アフガン国境のチョット危険な街並み”を案内して小銭を稼ぐことを生業にした、
胡散臭いアフガン人のじぃさんがいっしょにいたんだけど、
ババじぃを通してそのタリバン兵の彼が、
「アフガンはもうダメだ…。俺は日本へ行きたい。どうしたらキミたちの国へ行けるんだ?」
と意気消沈したように語ってくれたのが今でも強く印象に残っている。
あの辺りの男性は、みな同じ格好に同じようにたっぷりとしたヒゲを蓄えていて、
よほど親しくでもない限りみな同じような顔にしか見えないし、
だから今、その青年の顔を思い出せと言われても無理なんだけれど、
そう言えばあの青年は、あれ以降、いったいどうなってしまったんだろう……。

9.11 アメリカ同時多発テロ事件―。

あの日以降、アメリカは世界と“対話”することを放棄し、
そしてそれに引きずられるようにして、世界はどこか、大きく変わってしまったような気がする。
90年代にはあれだけ和平へと向けて妥協点を探り合っていた中東地域は、
昨今のとおりどこもかしこも主張のアジり合いでまるで収拾がつかないような状態だし、
日本においても、たとえば小泉首相は、
2002年についに北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との対話の道を切り拓いてみせたが、
“対話と圧力”とは言うもののその後一向に会話の弾む様子はなく、
それどころか、中国や韓国との対話さえも拒絶したまま(拒絶しているのはその2国だとして)、
“小泉らしさ”をゴリ押しし続ける状態でいよいよ任期を終えようとしている……。

ザクッとした言い方しかできないけれど、21世紀という今の時代はまるで、
個人間においても国家間においても、対話に応じるぐらいならば腹を斬る、
とでも言うような、ある種の開き直りが平然とまかり通る、そんな時代であるように感じられる。

『ユナイテッド93』 は、
そんな、ある意味時代の転換点となった“9.11”、
テロ・グループにハイジャックされた4機の航空機のうち、
標的と思しき地点まで到達せずに墜落したとされる最後の1機、
“ユナイテッド航空93便”にいったい何が起こったのかを、
まるでその機内に乗り合わせているかのような錯覚さえ感じる、
臨場感満点のセミ・ドキュメント・タッチで描いた驚愕の話題作!

しかし、その“セミ・ドキュメント”という作者側の思惑が賛否両論をも呼び、
必然的にその受け止め方にも注意を要されるようになったかなり厄介な問題作だ。

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 2001年9月11日。
 数10名の乗客・乗員を乗せたユナイテッド航空93便は、
 離陸した後、4名のテロリストにハイジャックされていることが判明する。
 やがてその情報は、搭乗者から携帯電話等を通して彼らの家族や管制塔にも伝わる。
 ほかの航空機が世界貿易センターに突入したという情報が機内に流れるなか、
 想像を絶する恐怖に身を凍らせながらも、
 乗り合わせた人々は一丸となって、テロリストへの抵抗を試みるのだった……。

ドラマ臭さをなくすために無名な俳優ばかりを使い、
管制官などは当時、現場に居合わせた人々を本人役で出演させ、
撮影もすべて手持ちカメラで行うなど、とにかくリアリズムに徹した演出と映像は、
当時、ニュース等を通して伝えられたアメリカの混乱ぶりと、
世界規模の絶望感を思い出させて息が詰まり目もくらむかのよう。
余韻を残さない素早いカット割りは観客の情報処理を混乱させて、
有事を前に思考が一時停止する状態を見事に疑似体験させる。
個別の登場人物に感情移入させるようなエモーショナルな演出はいっさい避け、
かと言ってテロリストに対し憎しみの感情を喚起させるような扇情的な思惑もない。
ひたすら93便に起こる出来事を戦場カメラマンみたいな視線で追いかけてゆく、
3D方式で観たならさぞかし大迫力だろう、
これはまるで超リアル視覚体感型のパニック・ムービーの体だ。

しかし、カメラマンなら実際の戦場をありのままフィルムに焼き付けるだろうが、
この映画に映し出されるその何割かは作家の想像、つまりフィクションである。
だとすれば、なぜフィクションをここまで観る者に考える余地を与えない、
高圧的な方法で描くのか、その意図に疑問を感じる。
これがスピード感や刹那的ドライヴ感を信条としたホラーや単にパニック映画ならまだしも、
題材はよりによってあの“9.11”だ。
93便の機内で本当は何が起こったのか?どころか、
“9.11”という事件そのものの真相さえ解明されていないというのに、
映画のなかの出来事をすべて事実のように描くのはあまりに傍若無人じゃないか?
どうしてテロは起こったのか?(もしくは起こるのか)という投げかけもなければ、
なんでもかんでも“対テロ”をタテ前に好き放題のここ数年のアメリカへの視線もなく、
観客とスクリーンの間に“対話”する余白もない今作に果たして意義などあるのだろうか?

もちろんこれが、
犠牲になった人々の最後の勇気を称えようとしている映画であることも一方じゃ理解できる。
しかし、搭乗者の何人かがテロリストの1人を血祭りに上げたり、
パイロット室になだれ込んで操縦桿を奪おうとする件など、それはすべてフィクションなのだ。
不思議なのは、今作に登場する4人のテロリストが、
殉教の昂奮に震えテロ決行の緊張感に怯えるなど、思いのほか“人間臭く”描かれていて、
だったらなぜ、結果的に運命を共にする乗客たちとテロリストたちの間に、
なにがしかの“交流”を想像することができなかったのだろうか?
どうせフィクションなら、たとえば乗客の1人がテロリストに、
テロの決行を思い留まるよう人間同士の情で説得する場面があってもよかったではないか。
テロリストの1人がテロの教義に疑問を感じ、決行を思い留まろうとしたんだけれど、
なにがしかの理由で手遅れとなり墜落してしまったという結末でもよかったじゃないか……。

“対テロ”なんて大義名分じゃ何ひとつ解決しないということを、
この数年で証明したのは、なにより当のアメリカなのだ。
「いつか理解し合える」 “9.11”が題材だからこそ、
映画は少しでもそうした希望を見せるべきだったんじゃないだろうか……?

『ボーン・スプレマシー』 の俊英、ポール・グリーングラスの実力は誰もが認めるところだろう。
鳥肌が立つぐらいよくできた究極のパニック・サスペンスは傑作だし、もちろん観て損はない。

だけど、何も感動しないし、できないし、前向きな希望も持てない、
とってつけたようなラストのテロップのとおり犠牲者を悼む映画と言われても違和感を覚えて、
鉛を呑み込んだかのような重い絶望感だけが残る、これは、哀しい映画である。

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