「冷血」にならざるをえない“書く”という行為の残酷… 『カポーティ』

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『ティファニーで朝食を』 等の著作で知られる作家、
トルーマン・カポーティ(1924~84・享年59歳)。
その手による“ノンフィクション・ノベル”の先駆けとなった作品 『冷血』 が、
誕生するまでの経緯を描いたのが話題の映画 『カポーティ』
とはいえ、ボクはカポーティなんて1冊も読んだことがないので、
これは映画を観る前にその 『冷血』 くらいは読むべきかと手に取りはしたんだけど、
最近、映画もそうだけど、本を読み始めるとすぐにウトウトしてしまうのと、
本書自体が600ページを超える上にかなり肉厚な内容のため(翻訳モノに抵抗はないけれど)、
けっきょく読み切れないまま我慢できずに途中で映画を観てしまった……。
まぁ本を読んでいなくても映画を観る分には概略さえ知っておけばとくに支障はないんだけど、
やはり、映画の要の一つとして挙げられるのが、
いかにこの小説が、カポーティの作家生命を削るものだったのかという部分なので、
映画の核をより深く彫り下げようとするならば、読むに越したことはないと思う。

いわゆる今じゃ一般的となった“ノンフィクション・ノベル”といえば、
ボクがマズなにより先に思い浮かべるのはやはり沢木耕太郎なんだけど、
その著作を読めば、いかにこのジャンルが作者と被写体との、
ガチンコ勝負の上に成り立つものなのかがわかるのと同じで、
『冷血』 もまた、カポーティにとりまさに身を削ぐような日々の上に初めて成り立つ作品だった。
ノンフィクション・ノベルとして、“面白い”作品を目指そうと思えば、
それは自ずと被写体のすべてを無理矢理にでも白日の下に晒さなくてはならないし、
その行為は第三者から見れば非常に残酷で冷徹な行為にも思える。
その視線に耐えながら、それでも被写体を傷つけなければ物は書けないという非情……。
それは同時に、自分を深く傷つけるという行為にもつながってゆく……。

『カポーティ』 は、何かを“創作する”という行為が、
いかに多くのものを犠牲にする覚悟を必要とするものなのかを描いた、
言うなれば、小説に限らず映画にも通じるすべての“創作”にまつわる物語なのかもしれない。

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 カンザス州のとある農家で、
 一家4人が惨殺されるという事件に目をつけたカポーティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、
 この事件を題材に雑誌に記事を書くことを思いつく。
 「ザ・ニューヨーカー」の編集者ウィリアム・ショーン(ボブ・バラバン)に話を持ち掛けたカポーティは、
 カンザス州へと向かい事件の関係者を取材するが、
 ほどなくして、犯人が逮捕される……。

今や個性派俳優というレッテルを超え、名優としての地位を確立しつつある(というよりした)、
フィリップ・シーモア・ホフマンが、オスカー受賞も納得の至芸とさえ呼べる快演&熱演を披露。
予告篇を観た時は、どこか“巧さ”を見せつけているかのような印象も感じたりしたんだけど、
トーンを抑えた色調のなかじゃ驚くほど違和感はなく、
実在した主人公の身ぶり手ぶりというより、その精神性をなによりも体現。
虚栄心と、人間としてのあるべき感情との間で病んでゆくカポーティの苦悩を繊細に演じる。

超が付くセレブとして社交界の花形でありながらさらなる名誉と、
“ノンフィクション・ノベル”というジャンル確立を目指して取材を始めたある一家4人惨殺事件。
ヤマッ気も旺盛に事件の関係者の元を訪ね始めたカポーティは、
やがて逮捕された犯人とも面会を重ねるようになり作品執筆の意欲をさらに掻き立ててゆく。
しかし、犯人の冷酷非情さを作品の主軸に据えようとしながらも、
一方ではその荒んだ生い立ちにはシンパシーを感じて歪んだ感情移入も深めてゆく。
でも、交流を重ねる内にカポーティを信頼し始めた犯人は事件の核、
つまり裁判で不利になるような“殺害の状況”についてはなかなか触れようとしない……。
そこがなければ小説はまるで面白くはならないし、
なにより犯人が死刑にならなければ、作品は完成しない。
カポーティは、最初から犯人が死刑になることを見越して取材を始めているのだ。
そのジレンマを隠して、あたかも自分は味方だというように犯人と接し続ける彼のモラルを、
やがて周囲の人間は不快に感じ、恐怖の念さえ抱き始める。
そして、犯人の人間性を指して付けたハズの小説のタイトルは、
作品のために平気で人を傷つけてゆくカポーティ自身の“冷血”な作家性を暗示してゆく……。

つまりこれは、“創作”という活動には必ず付きまとう作家的“ジレンマ”に焦点を絞ったドラマ。

ただ、作りがやや上品にすぎ、
というより全体のバランスを気にしすぎで、若干の迫力不足な感じも否めない。
もっと作品に風格を超えたいかがわしさがあれば、さらに面白い秀作になっていた気がする。

映画でいえば、ノンフィクション・ノベルとはつまりドキュメンタリー映画そのものだけど、
もしも、ノンフィクションを手掛ける映画作家のジレンマを体感したいなら、
スティーヴ・ジェイムスの傑作ドキュメンタリー、『スティーヴィー』 を強くおススメしたい。
コチラの方がより作者と被写体との関係性、“作家”というものの運命とも言える残酷性、
そしてなにより、ノンフィクションというジャンルのいかがわしい魅力を教えてくれるハズだ。

シャンテ・シネ(日比谷)、恵比寿ガーデンシネマ にて公開中 ]

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