天才ゆえに純粋な魂の孤独… 『呉清源 極みの棋譜』

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死んだ親父は、大の囲碁好きだった―。
しがない電気屋なんゾはサッサと畳んで、
のんびり自分で碁会所を開いてみたい、と、
珍しくお袋相手にボヤくなんて時もあったらしい……。
まぁとは言え親父はメンド臭がりの甲斐性なしだったから、
呑んで気がよくなっている時に口にしただけだと思うんだけど、
おそらくそれが、親父の理想的な自分の人生だったんだとは思う。
なんだか日々映画を観ながらいつか自分で映画館を開いてみたいと、
そんなことを考えるのが楽しいというボクの感覚に近かったかもしれない。

親父は決して口を開けて笑ったりしない至って寡黙な男だったので、
碁は合っていたと思うし、実際、碁を打つ姿は様になっていた(と思う)。
日曜日の昼になると、いつもNHK教育の「囲碁の時間」を見ていたので、
よくその隣にボクも座って、親父の手元とTVのやりとりとを交互に見やったりしていた。
昔から知的勝負事には向かないタイプなので、それで碁に興味を持つことはなかったが、
親父が石を打つ時のキレのいい音と、あの番組の機械的な喋りが面白く、好きだったのだ。

囲碁や将棋が好きな人というのは、印象として物を突き詰めて考えるタイプで、
その上において精神が研磨されているというか、純粋なんじゃないかと思うけど、
確かに、親父は突き詰めた果ての苦悩を酒でゴマかしていたような気が今はする。
ボクは映画を観るまでこんな人のことはこれっぽっちも、名前さえ知らなかったんだけど、
親父は知っていたんだろうかと、碁を打つ時の親父は何を突き詰めようとしてたんだろうと、
別に主人公と親父を重ねる気はないが、チョット墓石の下の親父に訊ねたいような気も若干。

中国映画のネームバリューを世界的に押し上げた、中国第五世代・最後の砦、
『青い凧』 『春の惑い』 の名匠、田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督最新作、
“呉清源”という稀代の天才棋士の半生を描いた映画、『呉清源 極みの棋譜』 は、
息を呑むほどの映像美の中に、天才ゆえの無垢な孤独と苦悩を織り込んだ、そして、
それ以上に作家と被写体の真摯な関係性にこそ純粋を見る真に妥協なき作家映画だ。

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 北京で幼い頃から囲碁の天才少年と騒がれた呉清源は、昭和3年、
 14歳の時に母と兄とともに来日し、国籍を変えながら囲碁をつづけた。
 そして清源(チャン・チェン)は日本囲碁界でもトップ棋士へと成長するが、
 厳しい勝負の世界に身を置く中で救われ難い孤独に苛まれるようになる。
 国籍問題や日中戦争開戦に交通事故など様々な事件に見舞われる清源だが、
 ひたすら囲碁の追求に勤しみやがて“昭和最強”と呼ばれる記録を打ち立てる……。

正直、本当に呉清源という人物については何ひとつ知識がなかったので、
田壮壮の新作という惹きと、囲碁がテーマという2点だけで選んだんだけど、
観る前の個人的な想像じゃ、囲碁の対局という張り詰めたいわゆる神経戦を、
知的アクションみたいな手に汗握る感覚で見せるのかと思っていたが、そうじゃなかった。
この映画で描かれるのは、昭和という荒波の中を泳がざるをえなかったような時代の中で、
中国人と日本人のアイデンティティーの狭間で時に病みしかし囲碁の世界の追究を通じて、
少しでも人生の真実に肉薄しようとした、1人の男の静かな、でも壮絶で孤独な闘いの記録。

一部の隙もない画面構成とカメラワーク、名手ウォン・ユーが生み出す圧倒的映像美。
セリフじゃなく映像や、人物の表情・しぐさなど間で物語の核を語る壮壮監督の演出は、
『盗馬賊』(’85)の頃から変わらない中国映画の推移と言うべきまさしく珠玉の名人芸―。
被写体と一定の距離を保ちながらしかし随所にリスペクトを感じさせるそんな彼の目線は、
時代の奔流に抗うようにして生きれば生きるほどに孤独を深めてゆく天才の苦悩を淡々と、
しかし的確に、まるで彫刻みたくその魂をスクリーンに彫り込むかの感じで刻みつけてゆく。
それは同時に被写体と同様、何かに迎合することなく独自の作家性をこれまで貫いてきた、
監督の純粋さと呼応するカタチで昇華、映画は緊張感とともにある種の優しさも醸している。

それは確かに映画は地味と言えばあまりにも地味で一般ウケする類の作品じゃないし、
わかりやすいロマンスに感情移入させるワケでもなければアクションがあるワケでもなく、
日本人俳優が多く出ているとは言え、実力本位のキャスティングにキャッチーさは皆無で、
残念ながら、本作のようなタイプの映画は今の時代、無視されるのが必定かもしれない。
厳格じゃないけど静謐な空気に、ともすれば意識を失ってしまうことだってあるとは思う。

しかし舞台デザインともども的確な時代描写の中、囲碁の対局を通して日中の関係を描き、
両国がたどった苦難の歴史を織り込みながら、かつ日本の描き方にまるで違和感はなく、
これこそボクは偉人伝とは言えど日中の架け橋になりえる真の映画じゃないかと思うし、
なにより個人的には 『北京の恋 四郎探母』 というトンデモない映画を観た後だったので、
その思慮深い作家性と被写体を信じる映画の姿勢に心洗われ癒されるような思いだった。



日々映画を観ていると、親父がいればその内容について訊ねてみたかった、と、
そんな風に思える作品というのがたまにある……。ボクの親父は昭和6年生まれ。
14歳の時に戦争で父親を亡くし、一度だけ、そのことをボクに聞かせたことがあった。
確かその時も呑んでたハズだけど、ボクははじめて親父が泣くのを見たんだったと思う。
映画を観終わって、チョットは碁を習っておけばよかったかなと…あれ? 習おうとしたけど、
難しくてすぐに飽きたんだったっケ?と、晴海通りを道すがらボンヤリ考えつつ歩いたけど―。

欲に目がくらんで人を踏み躙る人間ばかりが階段を上がりゆく世の中で、
時代に抗い孤高を貫いた呉清源の生き方は何かの指針を示してくれる―。
純粋ゆえの果てのない孤独に重厚なタッチで迫った誠実な作家映画。凄い。

シネスイッチ銀座 にて公開中 ]

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