クリーンとはいかない女たちのものがたり 『女の子ものがたり』&『クリーン』

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ハッキリ言って、芸能人がやれクスリで捕まっただの離婚しただのとそんなことは別にどーだって構わないし、
なんなら大した話とも思えず普段なら勝手にすれば!ってなモンなんだけど、しかし先日400万で保釈された、
あの押尾某って輩だけはホントに最低の男だと思う。亡くなった女性に同情する気は正直ボクとてないものの、
保身ばかり考え“死人に口なし”とすべてを女性に着せようとしたその卑劣さは断じて赦されるレベルじゃない。
要するにそれは、たかだかヤるためだけに部屋に入れた女が死んだぐらいで人生を棒に振るなど嫌だってこと。
原因がなんであれ、亡くなった人間に対するその敬意の薄さ。某は飲酒運転の轢き逃げ犯とまったく同罪だし、
世の女性は、もっと怒るべきじゃないの? そりゃボクとて男としては低レベルで、やれ「死ね」だの「最低」だの、
「ブログの栗本さんと目の前のアナタは別人」だの散々言われてきたけど、人間あそこまで堕ちたつもりはない。

で、少々冷たいとは思いながら自業自得という言葉もあるから女性に同情する気はないと先に書いたんだけど、
しかし、今も生まれ故郷に住んでいる昔のカノジョから、実はあの女性が同じ飛騨の人間だったらしいと聞いて、
やはり気持は少なからず複雑になった。いかに赤の他人でも故郷が同じと聞けばそれだけで何か違うものだし、
とくに、あんな山しかないクソ田舎からワザワザ東京へ出てきて水商売やって、ツマラん芸能人崩れと関わって、
それでドラッグのオーバードーズで死ぬなどなんと憐れな一生かと……。同じように大した目的意識もないまま、
こうして飛騨から東京へ出てきている身としては少なからず他人事と捨て切れぬ気がしてしまったというワケで。
まぁ亡くなった女性の人生背景を勝手に想像してそんな風に感傷的になってしまうのもそれは男の思い込みで、
当の本人にすれば至極あっけらか~んと都会暮らしを満喫しているその延長線上での死だったかもしれないが。

とはいえ、やはりバカな男に引っ掛かったバカな女という印象は拭えず、男に頼ったって幸せにはなれないよと、
そりゃ女の人生が男より大変なのはわかるけど、男なんて本来、女より弱いしマコト頼りない生き物なんだから。
ボクの周りにも男で苦労した女性はホント多く(筆頭はお袋だけど)、結婚式をドタキャンされたなんて子もいれば、
なによりがその昔のカノジョでさえあんな真面目な女なのに早バツイチで、そういやこないだ送ってきたメールに、
離婚して以来ずっと自分から逃げてきたけど、最近やっとで前向きに物を考えられるようになったと書いてあって、
しかしそんなことを言われたコッチはいかに返答したらいいモンか、すべては受け入れるしかないんじゃない?と、
すべてから逃げて東京へ出てきた分際でよく言うワと思いながらそう返すよりなかった。女の人生は大変だ……。
そんなワケでタマタマ“女の幸せ”について描かれた映画を立て続けに観たゆえとりとめもなく雑感を書いたまで。



マズは、昨今相次いで原作が映画になったりTVになったり今後も映像化が控えるなどブームみたくなっている、
漫画家・西原理恵子の同名ベストセラーを映画にした 『女の子ものがたり』。実は後述、『クリーン』 を観る前に、
家で「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」を聴いていたらゲストに西原本人が出ていてさすがに話が異常に面白く、
高田御大も絶賛していてそれで急遽観る気になった作品で、なるほど確かにそれなりに楽しくはあったんだけど、
しかし個人的にはイマイチというか、これに芯から共感できる女の人っているのかな?と、甚だ疑問な感じだった。
原作は西原の自叙伝風らしく、映画はそのヒロインが大人になったという設定で、彼女はカレシも友だちもいない、
昼間っからビールを呑むなどダラシない生活を送っているアラサー、そしてスランプ真っ只中の漫画家なんだけど、
編集者とやりとりする内に昔の話を想い出して、要は回想形式で原作の内容が語られるという構成になっている。

で、ヒロインを含む女の子3人が貧しい生まれだとか、ヒロイン除く他2人が大人になって男でボロボロになるとか、
要はケースが極端だから女性が共感できるか?と言いたいワケじゃなく、とにかくセリフも描写も表面的というか、
ネガティヴな内容からポジティヴな方向を見出してそれを今ドキのアラサー女性の心情にカブせてみせようとする、
その魂胆が相変わらずあざとくてそれこそボクには男本位にも思え、時代描写も貧乏描写もまるで中途半端だし、
深津絵里がマトモだからそれほど臭くはないもののホロリとさせようとする大団円もやっぱり今ドキの邦画全開で、
原作を知らないクセしてこんな言い種も変なんだけど、もっと原作通り映画にしたら?と、そんな風に思ったしだい。
ま、これを観た女の人はイロイロ柔軟に解釈できるんだろうけど、ボクにはピンとこないというか期待外れだったな。
それはボクが女心を理解できぬ男からかもしれないが、しかしこの映画も女心を理解していたとは思えんゾ。ウん。

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一方、そのビバリー昼ズを聴いてから観に行った映画、ついチョット前に公開された 『夏時間の庭』 も大ヒットし、
最近、一部でジワジワと人気が上昇しているフランスの気鋭、オリヴィエ・アサイヤス監督の映画 『クリーン』 は、
『イルマ・ヴェップ』 でも組んだマギー・チャンを主演に、そして彼女がカンヌで女優賞も獲った、上質な人間ドラマ。
マギー演じるヒロインは、歌手としての成功を夢見ている女で、それがある晩、ロックスターとして名を馳せてきた、
旦那がドラッグのオーバードーズで死んでしまい、彼女自身も逮捕され息子とも離れ離れにされてしまうんだけど、
夢やプライドや旦那への想いが胸の中でグチャグチャに混ざって果てのない孤独に押し潰されそうになりながらも、
彼女は息子と向き合いもう一度やり直すために人として生まれ変わろうとするという、これはそんな母親の物語だ。
ハッキリ言ってこれこそどこゾの芸能人に見せたいような映画なんだけど、そんな下世話な中身じゃないので割愛。



なにより素晴らしいと言えるは、やはり、心の脆さをいろんなもので武装しながら今までなんとか生きてきたのが、
旦那の死で全部崩れてしまい、自分も周りも息子も犠牲にしてきたそのツケを一気に突き付けられて路頭に迷う、
共感するにはかなり難しいハッキリ言って救いようもなくバカな女の生き様をしかし繊細に熱演したマギー・チャン。
彼女でなければこの映画はありえなかったに違いないしアサイヤス監督の東洋の描き方も相変わらず品がよくて、
それらがほどよく相まった結果、映画はままならぬ人生をままならぬまま感じさせる味わい深いものに仕上がった。
そりゃ 『女の子~』 のような映画の方が見た目はわかりやすいしコチラとて決して語り口は滑らかじゃないものの、
『イントゥ・ザ・ワイルド』 のエリック・ゴーティエによる映像にはウットリできれば、音楽もまた相変わらずセンスよく、
ドーンと感動させるんじゃない静かなる映画的余韻というものを、この佳作は与えてくれるんじゃないのかな。ウん。


昔ながらのミュージシャン像を描いたような感じもあるけど、ある意味、女版 『レスラー』 みたいな映画とも言える。
人間、“変わりたい”と思ってもなかなか簡単に変われるモンじゃない。うまく生きてゆくには、いいコトも悪いコトも、
等しく受け入れて、無様な自分を無様なまま、ほどよく開き直るような感じで認める以外にないんじゃないかと思う。
金や車や高価な服や生活なんて自分が格が上がったように錯覚させてくれるドラッグのようなものでしかないんだ。
“今”に迷っている女性のみなさん、頑張ってくださいネ(無責任に)。というワケで前向きになったという昔のカノジョ、
その旨を伝えるメールの末尾にそれがボクの影響だなんて一文をつけてきたんだけどいったいなんの影響なのか!?
とにかく田舎の人は、東京で働いているというだけで「頑張っている」と勘違いするからそれにはチョット困っている。
その思い込みだけは正さないと、今に、「私の思ってたアナタと目の前のアナタは別人」とか言われかねないから!

『女の子ものがたり』
シネクイント(渋谷)、シネカノン有楽町2丁目角川シネマ新宿 にて公開中 ]
『クリーン』
シアター・イメージフォーラム(渋谷) にて公開中 ]